496:極北の双星
このシャーロットの笑顔、そして微妙に遠慮がちな口調。俺はどんな無理難題を押し付けられてしまうのか。
「ボクとリーンちゃん、レイさんとは相性が悪そうなんで、一緒に戦わせてもらえないかな〜なんて。どうです?」
言うほど相性は悪いだろうか。どちらかといえば、使う術式の性質的には俺の方が不利だ。
シャーロットもリーンも、どちらも生成系。一度生み出されたものは俺の力で消すことはできない。一度攻撃を許せば避けるしか方法がない。
アーツは面白そうに笑っている。やれ、ということだろうか。まあ俺も興味はある。【影】と【破】以上に二人で行動することの多いこの二人は、連携によってその力の進化が引き出されるのではないか。もしそうなら俺も見てみたい。
「いいぜ、やろう」
再び刀を抜き、戦闘態勢に入る。今度はアーツの合図もない。シャーロットもリーンも既に戦いに赴く魔術師の顔になっていた。
今度は相手の出方を待っている暇はない。そんなものを待っていれば攻撃に囲まれ叩きのめされる。だからやるべきは確実に先手を取ること。
「通しませんよ〜!」
眼前に魔力が膨れ上がり、巨大な氷の壁が聳え立つ。起動時間と範囲が明らかに以前よりも良くなっている。この速度で連射されたら近づくことさえできないかもしれない。
だが、これは好機でもある。この大きな氷壁で視界が完全に遮られたおかげで一時的に戦闘の流れが止まった。向こうも俺に攻撃はできないはず。
ならば。氷壁の端から飛び出すと、身体補強・天火を軽く熾して一気にスピードを上げる。
「お、うえ!?」
成長しているのは何もシャーロットだけではない。俺も彼女の想像を超える領域に達している。この俺の動きを、追い切れるか。
「シャーロットちゃん!」
「あ……!」
リーンの鋭い言葉。同時にシャーロットが纏う魔力の流れが大きく変わる。それはニクスロットの大地に吹き荒れる吹雪のようで、どこか不動の永久凍土のようだった。
その魔力は場全体に蔓延し、そして次の瞬間それは起こった。
危なかった。あと少し反応が遅れていけば、完全に俺の負けだった。こんなの、まるでグラシールだ。地面一面に氷が広がり、俺の脚を捕らえようと牙を剥いている。
だが、これからどうする。着地すれば氷に囚われる。だが咄嗟の跳躍で全く距離が足りない。完全に俺は的だ。そして次に来るのは。
「刃は、落としてありますから」
異様に長い刃。それが無数に飛んでくる。やはりと言うべきか、ファルスでは手を抜いていたな。戦争時こそ真面目にやっていたとは思うがセリたちに向けていた力とは段違いだ。
鋭く、複雑で、そして多い。不安定な空中、それも微妙に体勢を崩したこの状態では……。
いや、これは試練だ。俺が力を掴むための、死の淵で、やっと手に入れかけた力を、この先、未来のための戦いに使えるように。
全てを消し去る。意識に、視界に、映るのは俺に向かってくる攻撃だけ。
想像するのは、いつか見た鍛冶屋の親父の仕事。煮えたぎるように熱い鉄を叩き、その純度を限りなく高めていく。そして完成した澄んだ力は、全てを切り裂く剛い刃となる。
わかる。視覚だけでない。感覚でも刃の場所がわかる。あとは、これに追随する力を引き出すだけ。
「来る……!」
澄み、とろけた鋼鉄がゆっくりと流れて喉の奥に溢れ落ちていくような感覚。わかっていながら、どこかでわかっていなかった。これこそ、メルトアウト。
ただ弾くだけではダメだ。ここから俺の勝利につながる方向へ、飛ぶのだ。俺を付け狙うように伸びてくる剣を刀で受け、その反動でさらに飛び上がる。刀を利用した跳躍。刀の波濤を抜けて、彼女たちのもとへ。
「そんな……!」
「速いよ〜!」
展開された剣の障壁、氷の隔壁を飛び越して、彼女たちの背後に降り立つ。
「これでいいか?」
リーンとシャーロットが両手を挙げる。シンプルなようで恐ろしい連携だった。なにより、下手にリーンが動いてこないのが怖い。シャーロットの範囲が広い大味な攻撃は、驚異的だがどこか油断を誘う。そこを鋭くついてくるのがリーンだ。目立たないようにしているせいで、ころりと注意から転がり落ちてしまう。
二人も俺の勝利を認めてくれたようだし、刀を納めて上着と共にアーツに投げ渡す。次の相手に武器など必要ない。調子の乗っている今なら、いいところまでいけそうだ。
「なあ、妾本当に戦わなきゃダメ……?」
次回、497:枷を失くした怪物 お楽しみに!




