490:訪問者たち3
カノンにセリ、それにハイド。別れてからあまり時間が経っていないのに久しく感じるのは、きっと彼らが成長したからだ。纏う雰囲気が少し変わっている。俺が帰った後も訓練に励んだのだろう。
「エイルとティオは元気か?」
「エイルには国を任せています、それで、ティオは……」
セリが言い淀む。何かあったのだろうか。身の回りであまりないからそういう発想は急に出なかったが、彼らも軍人だ。
訓練、特に実戦形式にもなれば怪我や、最悪死ぬ可能性だってある。
「その、レイさんの救援に行くと決まって舞い上がってしまって。教皇庁を駆け回っているうちに壁に激突して怪我を……。カノンはその代理で」
「な、治ったらすぐ行くと本人は言っていました。教皇様がお許しになるかはわからないですけど……」
そういうことか。セリが変に深刻な顔をするから勘違いをしてしまった。詳しく説明されなくても彼女が怪我をしている様子は容易に想像できる。
しかし、彼女に会うためにはエーティエの許可が必要か。なかなか厳しそうだ。それはハイドもわかっているのだろう。彼は用心深く、そしてファルス皇国は潜在的な危険を抱えている。あまり戦力を割きたくないというのが本音だろう。
「おかげで連合軍の集合にも遅れちゃって、教皇様もあの時ばかりは驚いた顔してて面白かったです〜」
カノンも呑気なものだ。ここまで手のかかる部下を持ったエーティエに、少し同情してしまう。まあ真面目で優秀なセリやエイルがいるから差し引きゼロといったところだろうか。
心なしか、彼らは他の連合軍のメンバーよりもやる気があるように見える。皆やる気がないというわけではない。あくまで仕事として、やるべき任務をこなしに来ている軍人だ。
だが、ここにいる彼らは違う。にこやかでありながら、その底に強い意志の力を感じる。敵を滅ぼしてやると拳を握りしめていた俺に近いものを。
それは、彼らが新参だからか、もしくは自分の国を襲った存在の恐ろしさを知っているからか。
彼らは新参。他の歴戦の強者たちと比べればその経験も練度も圧倒的に違う。自分の得意を知り、研ぎ澄ました者たちとは、その強さに見かけ以上の差がある。
だからこそ、この未知との敵との戦いはいい舞台だ。この世界のほとんどが経験したことのない戦いに、身を投じることができるのだから。
もっとも、彼らにとっては今回の敵は完全なる未知ではないが。あの少女の形をした異形、あれの力は凄まじかった。それこそ当時ファルスにいた人間は皆見ていただろう。あれを見て恐怖が湧かない者などいないだろう。であれば、それを超えてここに来た勇気は相当のものだ。
そう考えると、俺の気持ちも少し引き締まる。たくさんの人が来てくれたことで、緊張感が薄れていた。神話領域外の異形の中には、俺たちが一人で太刀打ちするのは厳しいレベルの化け物もいるのだ。
俺たちが協力して、そのうえ一人の命を犠牲にしてやっと倒すことができたのだ。気を抜いていては死ぬ。
今は人型の異形しか出てきていないが、あの少女のような強力な異形がもし現れたら。常に気は引き締めなければ。
「お前たちも、気をつけてな」
俺も、一応は彼らを育てたのだ。やはり心配になる。もしかしたらティオが、という嫌な予感が過ったあの感覚を、実際には味わいたくはない。
「だ、大丈夫ですよ。きちんと訓練しましたから」
「ええ。レイさんやリーンさんに教わったことは無駄にはしません」
「そ〜ゆ〜ことです! 心配ご無用ですよ〜!」
ま、俺が気にしても仕方がないか。俺が教えたとして、結局軍人としてこれから戦うのは彼らだ。彼らが歩む運命は自分で決めるのだ。俺も近いうち訓練を始めないと。生き残るためにも。
三人が出て行き静かになった部屋で、連合軍の書類に目を落とす。ここに来てくれてもいいだろうと、来てほしいと思っている人物が一向に姿を見せてくれないのが気がかりだった。
次回、491:訣別、傷痕 お楽しみに!




