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485:足りない数センチ

 蘇生剤を打つ。煙弾を撃つ。異形を消す。


 蘇生剤を打つ。煙弾を撃つ。異形を消す。


 蘇生剤を打つ。煙弾を撃つ。異形を消す。


 蘇生剤を打つ。煙弾を撃つ。異形を消す。


 蘇生剤を打つ。煙弾を撃つ。異形を消す。


 何よりも、こんな方法で戦い続けていられる事が驚きだ。蘇生剤の効能は本物らしい。とはいえ、身体もそろそろ限界だ。


 息は荒いし、視界もかなり狭くなってきた。これが俺の身体が弱っているせいなのか、それとも薬で痛めつけられているせいなのか、はたまたその両方か、それはわからないけれど、限界が近いのは確かだ。


 幾度となく蘇生剤を打って戦って、そして何度も太陽と月が昇っては落ちて行った。それでも球体が放つ魔力は無くならない。


 だが、これはただ先の見えない戦いではない。つい昨日、いや数時間前とかだっただろうか。とにかく少し前に秘策を思いついたのだ。


「うおおおおおおおッ!」


 姿勢を下げ、異形の足に鋭い蹴りを叩き込む。と同時に、身体を勢いよく回転させ、今度はその胴体に拳を打ち込む。


 船外、つまり海まで吹き飛んだ異形は、そのまま魔力の供給を受けられず消滅する。思った通りだ。これならば、俺が触るだけよりも多く魔力を消耗させられる。


 素足で異形の足を刈り、甲板の魔力と引き離された一瞬で布を巻いた拳を叩き込む。そうすれば魔力を喰わずに衝撃をそのまま伝えられる。海まで吹き飛ばすくらい容易だ。


 海まで引き離してしまえばもう簡単、俺に攻撃された部分から崩壊していくだけだ。異形それぞれを撃破する手間こそかかるが、確実に魔力は減り始めている。この戦い、勝機は俺にある。


 魔力が減ってくれば、次はその元凶、魔力を放つ黒い球だ。あれさえ消せば、俺ものんびり飯が食える。じっくりとここで耐える予定が、それを滅茶苦茶にしやがって。絶対に消し去ってやる。


 甲板を闊歩する敵の動きが、遅い。首のない異形は元々そこまで動きが早いわけではないが、その比ではない。一挙手一投足をじっくり観察できるくらいに動きが遅い。蘇生剤の副作用か何か知らないが、戦闘においてはメリットでしかない。


とにかく異形を海に叩き落として回り、最終的に残ったのは足元から魔力を垂れ流す異形だった。あればかりは海に落とすわけにはいかない。


「どこだッ……!?」


 手に巻いていた布を解き、かき分けるように、あるいは獣が獲物を引っ掻くように最後の異形を攻撃する。球のせいですぐに身体は再生するが、2体目を生み出すほどの魔力は作れていない。このまま見つけて押し切ってやる。


 さくさくと、淡雪のように削れていく肉体の中に感じる、確かな感触。指先に触れただけの微かな感触だが、間違いない。逃しこそしたが、場所は覚えた。


 ここだ。少し前に手を伸ばして掴んだそれは、確かに俺を苦しめた黒い球だ。異形の肉体から引き摺り出すと、異形が厭な断末魔を上げて消滅していった。動力を失えば、できることはないか。


 俺の敗因は、これをきちんと触らなかったこと。両手で思い切り握れば……。


 思った通り、俺の手は少しずつ球に食い込んでいく。俺の魔力を喰う量が、わずかに生成量を上回っているのだ。


「もう……消えてくれ……!」


 タイムリミットが近い。だが、今やらなくては全てが無駄になる。


 視界が歪んで、音も意識も遠くなってきた。蘇生剤の効果が切れかかって、身体が眠ろうとしているのだ。まだだ。もう少しだけ保ってくれ。


 すぐにでも力が抜けてしまいそうな腕に、最後の力を込めて、球を押しつぶすように消し去る。確かに、俺の掌と掌が触れ合う感覚。やっとだ。やっと終わった。この悪夢のような戦いが。


 ふらつく身体をどうにか支え、手首に蘇生剤のカートリッジを当てる。一旦これを打っておかないと、体力の回復すら難しい。


「え……?」


 だが、もう指が動かない。針を押し込むための数センチの指の動きすら、俺の身体は許してくれない。カートリッジが重金属かのように重く、そしてなにより腕が重い。身体中に鉄を流し込まれたように動かない。


 ついに自分の重みにすら耐えられなくなり、うでがだらんと垂れ下がる。ダメだ。ここで意識を失ってはダメだ。リリィが代わりに働く羽目になるだけじゃない。俺が戦えないことすら知らせずに、一人で倒れるのは、ダメだ。


 今にも崩れそうな身体の中で、意識だけがうるさく鳴っていた。叫ぶような意識などなんの効果もなく、身体は次第に倒れ始める。


「あ……」


 落ちていく身体を、柔らかく、暖かい何かが引き止める。遠くで、何かが鳴っている。まるで、等しく時を告げる、大きな鐘のように。


「リリ、ィ……?」

次回、486:君のために お楽しみに!

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