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480:あるかもしれない未来のために

 仕事を始めて2週間が経った。有益な情報も、無益だとわかった情報も、あらゆるものを記した紙がここに送られてくる。毎日書類は増える一方、というのはもうおしまい。ハイネと協力して仕事を進めることで、あれだけあった紙の山はほとんど消えた。


「おー、終わっちゃったね!」


「強かった……」


 始めてすぐの頃はこんな山を捌き切れるわけがないと思っていたけれど、頑張ればなんとかなるらしい。しかし、山を全て片付けてなお亀裂を根絶する手段は見つからなかった。


 まあ、それはあくまで目標であって絶対達成されるものではないのだけれど、それでもちょっと残念だ。それに早く見つかるに越したことはない。


「とりあえず、仕上がった分を持って行こうか。これでだいぶ楽になるね〜」


 ハイネが伸びをしてから書類を持つ。私もそれに倣って残り半分を持つ。達成感のせいか、いつもよりも少しだけ軽い気がした。


 また、いつものように本部への道を歩く。もう何度往復しただろうか。特に、私が仕分けに慣れないうちは私が運ぶのを担当していたから、相当な回数になったはずだ。もっとも、ハイネは私が来るまではそれを一人でやっていたのだが。


「そういえば、カイルは?」


「物品輸送のお仕事してるみたい。緊急で届けなきゃいけない魔導具とかを運んでるんだって」


 最近見ないと思ったら。特務分室のみんなも、他のみんなも、みんな必死なんだ。私も、もっと。


「……が最近多くないか?」


「確かに、これはちょっと……」


 本部から何やら話し合う声が聞こえてくる。どこか深刻な感じで、少し割って入るのは憚られた。


「この量だぞ、まずい状態なんじゃないのか?」


「いや、どんな重傷でもこの消費量はおかしい。目的は医療物資全てではないはずだ」


 相談しているのは、王都から送り出している物資の話。多分必要に応じてレイのところに届けている物資のことだ。どこか怪我でもしてしまったのだろうか。


「狙いはこれだろ、一個しか入れていない蘇生剤。何に使ってるかは知らないが、こんなもの乱用してもロクなことにはならないぞ……」


 ハイネと顔を見合わせる。蘇生剤といえば、心臓が止まってしまった人を無理矢理蘇生させるために使う、激毒を含む薬草を調合した危険な薬剤だ。


 ハイネも不安そうな顔をしている。レイは多少の怪我なら、自分の力で治せるはず。食糧も十分にあるはずだから、体力に関しても多少は大丈夫なはず。蘇生剤を使う理由は……。


「まさか、これで無理矢理身体を強化しているのか……?」


「そんな、聞いたことがないですよ……!」


 そう。普通の人ならできないはずだ。蘇生を起こすほどの強烈な成分に耐えられない。だが、レイは違う。


 体を蝕む成分と治癒の力をぶつけることで、繰り返しの使用にも耐えられるかもしれない。


「レイなら、多分できる」


「ぬ、盗み聞きしてしまってすみません。そんなつもりはなかったんですが……!」


 いきなり飛び出した私たちに驚いたようだったけど、すぐに真剣な顔に戻り、事情を聞いてくる。


「なるほど……。それなら可能かもしれない、けど危険すぎる……」


「とはいえ、今交代してどうなる。代替の人員なんていないぞ」


 私なら。そう言いたかったけれど、私がもしレイの代わりに亀裂を閉じたら、レイはどんな顔をするだろう。レイの命と気持ち、どっちが大事なのだろう。私は、どちらを尊重すればいいのだろう。


 レイが無理をせず、それでいて誰かが犠牲にならないやり方。みんなが交代で戦えるような、そんなやり方はないだろうか。そう、どんな人間でも……。


「ねぇ、みんながあの黒い敵と戦えるようになる方法はないの?」


 そうだ。レイの代わりに戦える人間が、一人ではいけない、何人もいれば。そうすれば、みんなで交代して亀裂から溢れる人を抑えることができる。


「いや、ないが……その手があったか。根絶ばかりに気を取られて、全く考えていなかった」


「今すぐ各国と研究所に連絡します!」


 そんな方法が見つかるかはわからない。でも、もし成功すれば早くレイを救えるかもしれない。


 そうと決まれば、今の私にできることは一つ。レイの代わりに亀裂から軍を守るなら、もしもそんな未来が来るのなら、彼に匹敵する人材が必要だ。

次回、481:鳥籠の中の猛禽 お楽しみに!

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