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475:研ぎ、澄ます

 ただ、鎖の雨を駆け抜け、妨害を全て乗り越えて彼に辿り着けばいい。それだけを目的に進む。


身体補強・天火フィジカル・シフト・メルトアウト


 身体は熱いが、頭は冷え切っている。ただただ、目的のために突き進む馬鹿になるのだ。全ての思考を、行動を、勝利のために回す。


 走り出す。一歩一歩が、当人の俺がついていくので精一杯の速度。だが、これを制御しなければならない。


 迎撃の鎖を追い抜いて、前へ。アーツの対応を、俺の速度が抜き去ったのだ。


 こうして何度も、そして長時間使うことで初めて気付いたことだが、天火(メルトアウト)は継続して使うことで、その効果が向上する。


 多分、体が温まり、無理やり引き上げた駆動に慣れてくるからだろう。全身が一段階引き上げられた俺の力に対応し、親和とさらに強い力で応えてくれる。


 ならば、後は俺がついていくだけ。この力を、自分のものとして振るうだけ。


 楽しい。手も足も出ないと思っていたアーツの攻撃を、今は軽く避けられている。確かに厭な位置に、正確に置きにくるような攻撃だ。しかし、その妨害が今はそれほど苦ではない。


 確かに避ける必要はあるが、決して俺の進む道を、決定的に遮るものではない。あらゆるものを吸収し、喰い尽くす【堕つる終末の黒星(ザ・ドゥーム)】ですら俺には追いつけない。


 今の俺は確実に以前と違う。決定的に違う。全てが噛み合い高め合ってくれている。今の俺なら。


「素晴らしい」


 アーツは心底嬉しそうに、それでいて獰猛に笑う。俺の渾身の一撃を、しっかりと鎖で受け止めながら。ここまで来ても、俺は未だこの男に届かないのか。


「まだ……まだッ!」


 鎖をかき分け、一歩前へ。まだ進める。もう一つ上のステージに届くはず。


「俺はね、認めているんだよ」


 アーツが進み出て、俺の鳩尾に鋭い蹴りを入れる。こんなの聞いていない。ただ前に進むために神経を尖らせていたせいで、この攻撃は余計に痛い。


 見誤った、か。間違いない。確かにアーツの身体は俺と正面から戦うほど鍛えられてもいないし、強靭なわけでもない。だが、奇襲に軽く使うくらいならば全く問題ない。


 今の一撃で、完全に力が抜けてしまった。覚悟も予測もしていなかった、ただの蹴り。強化すらしていないこの攻撃が決め手になるとは。


 勢いも止まり、身体能力の強化すら解除され、力無く地面に倒れる。身体がうまく従いてきてくれたからか反動は大きくなかったが、それでも動けなかった。


「君が、俺よりもずっと先にいることを」


 嫌味、ではないようだ。全く実感は持てないが、俺はアーツの先にいるらしい。この様子のどこからそう思えるのかはわからないが、せっかくのお褒めの言葉だ。ありがたく受け取っておこう。


「わかった。今回は諦め────」


「俺の負けだ。君の望む通りにしよう」


 耳を疑った。これのどこが、アーツの負けなのか。散々叩きのめされたうえで俺の勝ちと言われても、納得できない。


「気付かなかったかな。俺はどんな時も君に勝ち筋を残して戦っていた。今までの君ならするであろう行動を潰して、俺の予想を超える動きを期待した」


 なんとなくの予感というか、分かってはいたが。最初から俺を試すためだけの戦いだったということか。結局掌の上で踊らされっぱなしだったと。まあ、それはいい。


「序盤はいつもの君だったが、最後に俺の予想を超えてきた。だから、俺の負けさ」


 最後の蹴りは、予想外の俺の攻撃をいなすためのアドリブだったということか。痛みは消えてしまったが、痛烈に効いたという記憶と感覚だけが残っている。


「とにかく、君は俺に勝った。望み通り、亀裂の守りは君が担当したまえ」


 にっこり笑うと、どこから出したのか冷たい水を手渡して、アーツは去っていった。


 喉を通り過ぎていくひんやりとした感覚は俺の疲れを癒してくれたが、どこか苦い、すっきりとしない敗北の味がした。

次回、476:死闘の夜明け お楽しみに!

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