474:有利な男と不利な男
「予備は持ってきてあるから大丈夫。君の贔屓の鍛冶屋にも、俺の名前で新しい刀を発注してある」
負けだ。完全に俺の負けだ。ただ、刀を奪われたからではない。
ここまでの流れを、全てアーツは予測していた。リリィの起用に反発すること。決闘の提案に乗ってくること。そして、アーツの禁呪の大部分が、俺には意味のないものだと油断すること。
そこまで考え、俺の予備の武器の用意と追加の発注まで済ませてここに来たのだ。それはそのまま彼の覚悟に繋がる。こうなることまで覚悟していたのだ。
俺も覚悟をしたつもりだった。守るべきものを、きちんと選んだつもりだった。いや、選びはしたのだ。ただ、選んで掴み取るだけの力が足りていなかっただけ。
「ま、俺もこういう展開は望んでなかったけどね。でも、君と強さ比べができるのは少し嬉しいよ」
アーツの言葉で絶望に叩き落とされ、アーツの言葉で正気に戻る。そうだ、まだ戦いは終わっていない。
武器こそ失ったが、俺はまだまだ動ける。素手でだって、アーツを下す手立てはあるはずだ。
速さだけでは足りない。究めているわけではないが、格闘の技術はアーツより上だ。超近距離の戦闘ならば、道を切り開けるかもしれない。
だが、近付こうにも鎖で妨害されてしまって攻撃が届く距離まで寄れない。いくら避けても厭な場所に鎖が現れるせいで気が散るが、鎖ばかりを気にしていると攻守が逆転してしまう。
「君の考えは間違いじゃない。禁呪のほとんどは君に損傷を与えられない。言うなれば君が有利、俺が不利だ」
この戦況でその話か。揶揄われているような気しかしないが。
「だが実際には……。力はね、使い方なのさ」
アーツは笑って指を鳴らす。途端に俺の後方に妙な引力が働き、体勢を崩してしまう。
これはアーツの禁呪、【堕つる終末の黒星】。周囲の全てを引き寄せ、消滅させる破壊の星。確かに俺が触れれば止まるが、妨害には十分な仕事を果たす。
黒い球を叩いて消し去ると、一旦アーツから離れて様子を伺う。どうやら追撃するつもりはないらしい。
「中距離を得意とする俺相手に距離を取る、感心できないね」
確かに。俺の本分は近接戦闘とタフネスだ。あの場面では追撃を恐れず攻撃した方がよかったのだ。しかしもうあの時に戻れはしない。一旦民家の中に逃げ込む。
民家に入った瞬間飛んできたのは、壁を貫いてなお余りある、銀の雷光の槍。【天翔ける星銀の光】だ。適当に撃ち込んで俺の位置を炙り出してやろうということか。
適当に撃ち込めばいいアーツに対し、俺は慎重に避けなければならない。受けてもいいが、魔力を喰うことで位置が割れてしまう。
家主には悪いが、この狭い家では限界が近い。一旦扉を蹴り開け窓を破って注意を引いてから、しばらく待機して飛び出て移動しよう。
一呼吸おいてから出口に向かう。が、その瞬間扉が勢いよく閉まり、顔をしたたかにぶつけてしまう。
まさかこれもアーツの禁呪か。そういえば【不羈の腕】で物体を動かすことができたか。俺が飛び出すタイミングまで読んでいるなんて。
倒れた俺に追い討ちをかけるように、柱が鎖で破壊される。まさか、この家を丸ごと使って俺を倒す気か。
「天火……!」
普通の強化では間に合わない。許容範囲を超えた心拍の上昇で、どうにか家の崩落からは逃れられた。
「う、ぐッ……!」
苦しい。無理におかしな強化をしたせいで、呼吸も心拍も激しく乱れている。これは新しい発見だった。今度から気をつけないと。
「ふふ、良い目だね」
アーツが満足げに笑う。彼は、俺がこうなるのを待っていたのか。余計な考えを、遠慮を、躊躇いを捨て、獣のように相手を見据え、戦おうとする姿を。
俺もわかってきた。浅い考えで、適当な策でアーツに挑んだところで勝てるわけがない。彼は勝利のために、10年以上を割いてきたのだ。
張り合うのではなく、自分の得意を押し付ける。アーツに勝つには、それしかない。これしか残されていないのだ。
次回、475:研ぎ、澄ます お楽しみに!




