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472:終わらせるために、終われない者

 空を埋め、亀裂を封じた魔力の光。これだけのことができる人間を、俺は一人しか知らない。リリィだ。


 この街のどこかにリリィが来ているのだ。着港するのと同時に船から飛び降り、憲兵の詰所へと走る。


「リリィ、来てたのか!」


「レイ、久しぶり」


 座ってお茶を飲むリリィの後ろには、厳しい顔つきのアーツが控えていた。詰所の中からでも、その目が亀裂を見据えているのがわかる。


 ここまで来たからには、何か解決策が見つかったのだろう。空の術式がどんなものなのかはわからないが、助かった。


「今王都はどんな様子なんだ?」


「まだ忙しいよ。一旦は亀裂を抑える方法を見つけてくれたが、閉じられるわけじゃないからね。各国とも連携したいけど、なにしろ未開の分野だからあまり期待はできないね」


 彼らは神話から排斥され、封印された存在。神話にすら記されていない怪物だ。それこそ直接関わったのは俺たちだけだ。


 あのグラシールやヴィアージュですら、かの存在については殆ど知らない。神と同時に生まれ、そして封印された。あれを詳しく知るのは、神とそのごく近い部下だけだ。


「今回の術式の手がかりも、ウチにあったのか?」


「イッカが教えてくれたの。どこかで見たって言って」


 根拠に乏しいが、役に立ったならいいだろう。真面目な印象もあるし、きっとイッカは勉強家なのだろう。歴史書とか魔術の本を読んでいる姿が自然に思い浮かぶ。


「ま、とりあえず亀裂の対策ができてよかったよ。これでどれくらい時間を稼げるんだ?」


「2,3時間ってとこかな。なにしろこの術式は不完全だからね」


 耳を疑った。そんなもの、時間稼ぎの策と言っていいのか。あの規模の術式を起動できるのはリリィしかいないし、十分に寝ることもできずに対処をさせるつもりなのか。


「おい、アーツ。正気かよ」


 いや、正気じゃない。満足な睡眠も与えられず、いつ終わるかわからない封印に人生を割かなければならないなんて。そんな苦しみも、まだ小さいリリィに与えていいわけがない。


「正気さ。本人の協力も得ている」


 アーツの顔は、腹が立つほどに真剣だった。アーツも自分のしていることの残酷さを、俺が伝えるまでもなく理解しているとわかるから、余計に腹が立つ。


 わかっていて、なぜその選択をしたのか。他に何か手段はなかったのか。俺がここにいるのだから、多少の問題に対しては対抗できたはずなのに。そう、その通りだ。


 俺を使えばいい。リリィを常駐させ、いつ終わるかもわからない戦いに投入するくらいなら、俺を使えばいいのだ。船でもいい、適当に亀裂の真下に出して、俺がそこに居続ければいいのだ。


 俺の方が体力もある。戦いにも慣れている。敵からの攻撃も効きはしない。そう、リリィより俺の方が適任だ。


「俺を使えよアーツ。まだリリィに無理させてまでここを封じなきゃいけない状況じゃないだろう」


「ふむ、一理あるね。ならば君はどうなる?」


 俺がもし異形を止め続ければ。奴らの攻撃で死ぬことはないだろうが、疲弊はするだろう。出現のタイミングはわからないから、リリィよりも休息は疎かに、不定期になる。


 それならば、定期的に必要な処置をする方が安全だし継続性も確実だ。アーツの判断は正しい。俺を気遣ってくれている。だが。


「それでも、認めたくない」


 退かない俺に、アーツは軽く息を吐く。呆れだけではない。どこか自嘲のようなため息だった。アーツに迷惑をかけているのはわかっている。


「君は、リリィちゃん以外の誰かが同じ状況なら、ここまで必死に俺を止めたかい?」


 冷たいアーツの言葉に、言葉を続けられなくなる。言う通りだ。もしリリィと同じ年の、似たような少女が同じ仕事をしなければいけないとして、俺はここまで、それこそ自分の体を張ってでも抵抗しようとは思わなかっただろう。


 当たり前だ。俺はリリィに願いをかけた。俺が、俺たちが、リリィが戦うことなく過ごせる時代を作るのだと。だからこそ、俺は退けないのだ。


「レイ、私は大丈夫」


 見かねたリリィが俺の袖を引っ張る。だが、このリリィの気持ちに甘えてはいられない。そうすれば、今まで積み上げてきた全てが崩れ去る。


「ま、君がそこまで言うなら俺としても考えなくはない。士気は高い方がいいしね。ただし……」


 アーツの目がぎらりと光る。それは、どこか妖しく恐ろしいかつての彼のような目。こういう目をする時の彼には絶対に敵わない。


「俺を下してみなよ。それだけの力があるのなら、君に任せてもいい」

次回、473:対、絶対 お楽しみに!

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