469:第一発見者
少し悩んだようだったが、キャスは結局俺の派遣を許可してくれた。俺の気持ちを汲んでくれたのか、それとも俺の力が適していると思ったのか、それはわからない。今は許可を貰えたことを感謝しよう。
この感情が憎しみなのか、それとも自罰心なのかがわからない。ミュラを奪った神話領域外の連中を恨んでいるのか、彼女に守られてばかりで守ることのできなかった俺を責めているのか、自分でもわからないのだ。
それでも、俺の中に仄暗い殺意と敵意がちりちりと灯り始めていることは疑いようがなかった。荷物にも、気付けば武器を詰めようとしている。武器で攻撃しても意味はないというのに。
必要なものはほとんど向こうで用意してくれるということで、俺の荷物はごく少ない私物だけ。身軽な状態でアイラ王国北部の港町に行くことになった。
列車での移動の後、俺が向かったのはある漁師の許。どうせ行くなら、とキャスに任されたのだ。第一発見者への事情聴取を。
「お、あんちゃんが王都からの使者ってやつかい?」
「ああ。他の研究員にもした話だろうが、もう一度聞かせてもらえるか?」
「うんにゃ、構わねぇよぉ。ありゃあちょっと前、休憩の時に船で昼寝しようとしてた時だなぁ……」
数人の漁師を取りまとめる中年の男が言うには、ここ数週間でほとんど亀裂の大きさは変動しておらず、また近辺の海にも異変はないという。
資料として地元の憲兵が記録した念写も預かっておいたが、言う通り大きな変動はない。しかし明らかに、少しずつ亀裂は広がっている。
「あのおかしなヒビの近くでの漁が禁止されちまってなぁ。あんちゃんが来たらすぐ解決するってもんでもないんだろ?」
ここで適当な嘘を吐いても仕方がない。肯定するが、男はあまり怒らなかった。漁ができないことは不満なようだが、納得はしてくれているらしい。
「女王サマには税も緩和してもらったし、同盟のおかげでいろんな商品が入ってくるようになったしな、感謝してんだ。その女王サマの勅令ってんならしゃあねぇや」
ここでもキャスか。貴族との交渉、対立には苦心しているようだが、民衆からの評判はかなり良いようだ。本人に直接伝えてやりたいところだが。
今の俺は亀裂を監視し、最優先で対処を行うために来たのだ。政策の評判を伝えるためだけに連絡などできない。そもそもキャスも忙しくしているのだし。
漁師の男に礼を言い、街をふらふらと歩く。何も起こらなければ、俺のここでの仕事は連絡を待つだけだ。拠点として用意されている憲兵団の寮をあまり離れてはいけない制約はあるが、それ以外は自由。
好きに観光でもできればいいのだが、どうにも落ち着かない。迷いはないが、自分の中で蠢く想いに答えが出せない。
多分それは、俺が相反する望みを抱えているから。でも、今急いで答えを出す必要はない。
気持ちは使うもの。時に、前に進むために。時に、何かを忘れるために。だから、この気持ちは使うべき時に取っておくのだ。
戦いを望む気持ちも、平穏を望む気持ちも、それが原動力になるその時まで、心の底で眠らせておくのだ。
であれば、俺のやることは一つしかない。限られた時間を、来るかもしれない戦いのために使うだけだ。
ヴィアージュに言われた、安静にしながら心拍を上昇させる訓練をしよう。現世にいるべきだからあまり会えないが、ヴィアージュに手合わせしてもらおう。
一通り街を見て周り、ある程度店の位置などを把握してから用意された部屋に向かう。他の利用者とはほとんど会うことのない部屋で、毎食食事も提供してくれるらしい。王都からの使者とはいえ、慣れない待遇だ。
部屋に到着すると、荷物を置いてベッドに寝転がる。ここが俺の新たな拠点だ。
特務分室の頃の自室より少し、王城内の部屋よりははるかに狭い。このくらいの広さの方が便利で落ち着く気もするが。もともと住んでいた部屋はもっと狭かったのだから。
とにかく、俺は俺のできることを、やるべきことをやろう。来るべき、その日まで。
次回、470:はじまり お楽しみに!




