467:過ぎゆく時のノスタルジア
「遊撃隊と憲兵への通報も済んだ。これで全部終わりだ、モルさん」
「うまくいってよかったっすねぇ。僕は大したことしてないっすけど」
カイルは呑気に言っているが、俺は気付いている。彼が撃った弾全てが致命傷になっていた。誰よりも射撃は早かったのに。多分戦力を削るのに最も貢献していただろう、撃った分だけ敵を仕留めているのだから。
「それ、先代の銃か?」
「うん。よくわかったね」
モルガンが持つにしては少々古く、それでいてきちんと整備されていた。多分先代も、そしてモルガンも大事にしてきた銃なのだろう。
旧時代の最後の生き残りに、旧時代の遺物で引導を渡す。それがきっと、モルガンなりのけじめの付け方だったのだろう。今の彼には、伝え聞いたような先代の雰囲気は残っていなかった。きっとあの二射で、彼のことも弔ったのだ。
「なんだか気持ちいいね。こんなにも身体が軽かったことはないよ」
「うぅ、お腹空いた」
「はは。うちの詰所の食材で良ければ、いくらでも食べるといい」
途端にリリィが目を輝かせる。食べ物をちらつかせたらどこまでも頑張ってしまいそうで心配だ。
とはいえ、俺も腹が減ったのは事実だ。戦闘に備えて夕飯も軽く済ませておいたし、これからしっかり食べるのもありだろう。
しばらく歩いていると、次第に先ほどまで戦闘していた館の方が騒がしくなる。遊撃隊も、本当に仕事が早くなった。
おそらくあそこに生きた人間は残っていないはずだ。逮捕させてもよかったのだろうが、それをしなかったのは、きっとモルガンの幼い頃の体験が影響しているのだろう。
そういえば、ふと疑問に思ったことがあったのだ。ここまで先代リーダーに憧れ、その姿を追い続けてきた彼なのに、なぜかやっていないこと。
その疑問は、かつてのモルガンその人と、ほとんど同じもののようだった。
「なあモルガン、お前、なんで煙草吸わないんだ?」
先代がいつも持ち歩いていたという煙草。その先代も自分の憧れのために吸っていたようだが。『継ぐ』ことを望んでいるモルガンが、そればかりは真似しないのは何か理由があるのだろうか。
「ああ、先代は煙草で身体悪くしたからね。俺はやらないよ」
なんとも至極真っ当な理由。先代も食事やらの面でモルガンたちの健康を気遣っていたようだし、本望というものだろうか。
一つの時代が終わった。キャスの護衛として戴冠式に出た時に感じたものとは別の感覚。始まりではなく終わり、時代が徐々に終わっていく感覚。
「これがキャスさんの言ってた『人の時代』、なんすかね」
カイルがぽつりと言う。そういえば、四国会議の時にキャスが言っていたか。神に頼り、支配されていた時代からの脱却。それこそがキャスの目標だった。
思えば、それは少しずつ始まっているのかもしれない。特に神の力の色濃かったファルス、ニクスロットも広く国を開き、神代への依存を薄めている。
魔導工学も、イゾルデを含めた魔術師の努力によって進歩している。これから、イゾルデの言う通り魔力の多寡や才能の有無が関係ない時代が来るのかもしれない。
そして今、人が自分の意志で選択し、一つの時代を終わらせた。カイルの言う通り、人の時代が始まっているのかもしれない。
そんな時代が来た時、俺たちはどうなるのだろう。神代のものらしき力を継ぎ、神代の人間を師と仰ぐ俺は。自在に魔法を扱う力を持つリリィは。神代の人間そのものである親衛隊は。
多分、孤独な存在になってしまうのだろう。それをわかっていながらキャスは新しい時代を作ることを決意した。なにせ、彼女も神代から続く王の血筋の一員なのだから。
「あとは頼んだよ、レイ」
「お前たちはどうするんだ?」
立場こそ違うが、彼らの境遇も俺たちと似ている。彼らも旧時代の生き残り。これからの時代に歓迎されるものではない。
「田舎か外国に行く。って思ってたんだけどさ」
確かに、そんなことを言っていたような気もする。だが気が変わったのだろうか。モルガンの目には好奇心のような色が揺らいでいた。
「おばちゃん、後継ぎがいなくて困ってるんだってさ。だから、俺たちがやろうかなって」
「……そりゃあいいな」
EX:《裏面滅消決戦》編、これにて完結です!
次回からは7:《異形隔絶前線》編に突入です。
468:崩落する空 お楽しみに!




