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45:虚像神聖高楼4

 今か、と俺は思った。ここまで自分の考えが絶対に正しいと確信できたのは生きてきて初めてのことだ。火が付く前に、俺は最大限の集中力でもって自らの動きを完全に止めた。動くのは心臓だけ、それ以外は石像にでもなったように沈黙させる。


 そして予感は当たる。絶対に正しいと確信していたのだから当然だが。空を貫く轟音と空を切り裂く超速。二発の弾丸が俺を縛めていた縄を断ち切った。右方遥か先、皇都外壁の上に反射光が煌めく。高精度かつ高速の長距離狙撃、空間を手に取るように見ていなければできない業。


「何ィ!」


 ぐるりと身体を回転させて教皇の手からトーチを叩き落とす。衝撃で炎は消え、処刑台の上にいるのは俺とディナルド、教皇の三人だけ。加えてこちらには必中の狙撃手がいる。俺には大した武装はないがここを乗り切るだけのことはできるはずだ。


 後退しつつしゃがんで足首のあたりに仕込んであった折り畳みナイフを取り出す。普段の刀と比べれば貧弱なモノだが、人を確実に殺すことはできる。コップ一杯ほどの水、食事用のフォーク、木の枝でさえ人を殺められるのだ。ナイフなど凶器として使うには十分すぎる。


 風切り音がして、ディナルドが左肩を押さえる。消音の工夫でもしているのか音は聞こえないが、向きは完全にバレてしまった。追撃のように放たれた弾丸をディナルドが辛うじて展開した物理保護魔術【プロテクト=ソリッド】で防ぐ。いくら物理的攻撃手段に対する技術の進歩が遅いとはいえ、最上級のものにもなるとさすがに弾丸くらいは防いでみせるか。


「あれは空間把握魔術に特化した構成員か。障壁を張られても同じ攻撃を続けるほど愚かとはな」


 ディナルドは少し俺を煽るように言って射線を完全に遮るように【プロテクト=ソリッド】を拡張した。ディナルドと教皇をしっかりと守れるまで魔術を拡大しても、カイルは銃を撃つのを辞めない。


 どこかの偏屈な魔術師が生み出したという最上級物理保護魔術。展開したら動けないという欠点はあるが、鉄扉並みの硬度と強度を持つ。俺は触れれば破れるからいいが、カイルにそんな芸当はできないし、俺も近づける気がしない。今の状況では教皇とディナルドの相手をするので手いっぱいだ。


「ディナルド君、剣を」


 教皇が静かに言い、後ろに手を伸ばす。おそらく神殿と空間を接続して取り出した【奉神の御剣】が教皇の手に載せられる。途端に弾けるように放出される魔力。掲げられた剣の指す先へ、渦を巻くようにして魔力の奔流が天へと昇っていく。なるほど確かに疑似聖人の出力とは比べ物にならない。


 この一撃をとりあえずどう躱そうかと身構えたその時、食器を何枚も落としたような音が響いて障壁が砕け散る。突然のことに焦るディナルドの右脚、胸を弾丸が撃ち抜き、それに驚いた教皇も俺とカイルの二方を警戒して身動きが取れない。しかしなぜ【プロテクト=ソリッド】が破られたのだろうか。


 障壁を動かすことができないのは、座標を固定することで強度を高めるためだ。一点でも崩れてしまうと、僅かな衝撃だろうと連鎖的に崩壊してしまうのが欠点でもあるが。しかしカイルの武装でそれを為すのはいささか難しいように思える。俺でさえ力押しで破るとしたら剣先に力を集中させなければ不可能だ。


「まさかあいつ、まったく同じ軌道で弾丸を……?」


 理屈だけならばできない話ではないはずだ。どんなに貧弱な力であろうと同じ場所に力を与え続ければいつかは破壊できる。何発撃ったか残念ながら覚えてはいないが、魔術のポテンシャルはもちろんのこと、カイル自身の技術と集中力に脱帽した。


 沈黙した教皇にカイルが仕掛ける。だが銃弾の相手は魔力の奔流。波のような実体化した魔力にあっさりと潰されてしまう。カイルが狙撃する隙を作るためにも、俺が積極的に隙を作らせたいところだ。しかしまともに打ち合えばナイフは三合かそこらで折れてしまうだろう。俺が斬られても魔力が爆発するだけだが、そうすると折角の聖遺物が持ち帰れなくなってしまう。


 攻めあぐねてもいたのか、迷った挙句教皇は横薙ぎという手段に出る。右手のカイルを風圧でカバーしながら俺の牽制もできる。この一撃、避けていては風に巻き込まれるだろう。左手で斬撃の先から出る魔力の帯に触れる。


 蛇のようにやってきた帯は触ったところからちぎれて残りが見当違いの方向に飛んで消える。これが風の刃を起こす魔術【エアロスライサー】などならそっくりそのまま消しているはずだが、何が違うのだろうか。イッカの【神聖の光剣】も然り。聖遺物に対する俺の力の効力を検討する必要がありそうだ。


 だが斬撃を防ぐという目的は果たした。できる限り多くの狙撃の機会を作るため、風に逆らって教皇に接近する。


 俺の様子に教皇は驚くこともたじろぐこともなく、剣を突き出してくる。また魔力の帯が来ると左腕を掲げて身構えるが、噴出したのは処刑台が揺らぐほどの暴風だった。予想外の出来事に少しの抵抗すらできなかった俺はそのまま空に吹き上げられる。しかし、これは好機だ。今ならば風が俺の方に集中したために狙撃ができる。空中をくるくると回りながらもどうにか体勢を整え下の方を見る。


 教皇は健在だった。というかカイルが発砲していない。今は絶好のチャンスだったはずなのに。教皇はそのままカイルに向き直ると再び聖遺物を掲げる。先にカイルから片付けるつもりなのだ。俺は上空にいるせいで満足に妨害も接近もできない。


 戦闘要員は分断して叩く、それが彼の基本的な戦略だったはずなのに、攻撃の機会を作ることに傾倒しすぎたせいでそれを見失っていた。俺は、教皇から離れてはいけなかったのだ。


 刃の部分にどんどん魔力が集まっていく。あれは平野での戦いで使用された光柱と同規模の破壊光線だ。現代の魔術でどうこうすることのできない、神代の大いなる一撃だ。神を司る剣にもはや一丁の銃など人に小石を投げることにも満たない。


 より集められた魔力は空間の中で飽和し、外縁部に稲妻が走る。これこそが神話に名高い【奉神の御剣】の最大火力、まさしく光の神が下す裁きの雷。


「御子よ、その命の終わりに純白なる輝きを」


 冷ややかに、厳かに告げられる別れの言葉と共に剣が振り下ろされる。空を迸る高密度の光。あまりの光量に目がつぶれそうになって慌てて振り返る。背中を叩くようにして暴れている魔力の波は俺を空に留め続ける。眼下の皇都にまでその光が反射し、まるで上にも下にも太陽はあるようだった。


 数十秒に渡る空中浮遊の後、俺は上手い具合に処刑台の上に再び降りたつ。カイルのいたところは完全に「消されて」いた。赦されなかったモノが存在ごと世界から消されたように、ごく自然になくなっていた。


「さて、次は君の番だ」


 完全に聖人の瞳をした教皇がこちらを見て微笑する。内なる神性を聖遺物によって引き出されたかのように美しい笑顔だった。


「生憎だがあんたの『裁き』は、俺には通じねぇよ」


今回は少々短いですがキリがいいのでここで切っています。

今のところ順調に執筆も進んでいるので予定通りに数日中に【ファルス皇国編】を完結させられそうです!


今回もありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 民衆を虐殺というのも読んでいて辛くて、さらにとうとう捕まって火あぶりか……というのも辛くて……読んでいて胸がキュッとなりました。 カイルさんが撃ってくれて、「カイルさん、キターーーー!」っ…
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