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43:虚像神聖高楼2

 脈打つ心臓に、刃を突き立てる。人を殺したいのならただそれだけで十分だ。肉や筋の裂けていく感触に慄くのも一度か二度で事足りる。何も感じなくなるのにそれだけ殺せば十分だ。殺しに怯えることすら、十回あれば飽き飽きする。見ず知らずの人を躊躇なく殺せるようになるのにそれだけで十分だ。


 それでも、俺だけなのか皆がそうなのかは知らないが降り積もる罪の意識というのはどうにも振り払うことはできなかった。何人殺したのか、指が足りなくなって数えるのをやめた。最初は勢い余って。二度目は勇気を振り絞って。否、あれを勇気と言っては数々の偉人たちに失礼か。むしろ勇気とは正反対の諦めのような感情で、痩せ細った女の胸を刺した。


 生きるためなら殺しも略奪も厭わない掃きだめのような無法地帯だからこそ得た、最悪の生存方法だ。金で命は購えないが、命で金は購える。憎いから、嫌いだから殺したいという相手でも、出世の邪魔だから殺したいという相手でも、その「嫌い」「憎い」「邪魔」という役割には値が付けられる。だからこそ、役割に付属した命に値段がついてしまう。


 斬って、斬って、斬って。こんなに生きるために人を斬るのは久し振りだ。命で命を購う感覚、一秒後の生存の為に周り全ての命を狩り尽くし合う本能に突き動かされた戦い。「今こいつを殺さなければ自分が死ぬから」という、最大限に相手の命に価値が与えられながら、それが一瞬で消え去る最も贅沢な殺し合い。


「本当にキリがねぇな」


 足元に転がる死体の数はもう数えきれない。既に死体すら民衆を妨害するための道具として投げたりなんだりしてしまっているせいで、目に入る分を数えたところでいくらか足りないのだが。かなりの数を殺したところで民衆も大人数で一度に襲い掛かるのが愚策だと解ったようで、感情に任せて剣を振るのを辞めた。


 何が恐ろしいかと言えば、戦闘にかかっている時間だ。身体補強フィジカル・シフトを使わずとも殺せる素人が冷静な思考を取り戻せるほどの時間、彼らを殺し続けたのだ。いままで大勢を斬ったことはあったが、ここまで際限なく、湧いて出るように襲ってくることはなかった。


 街に溶け込むために着ていたコートは既に赤い部分の面積の方が大きい。血飛沫が顔にかかると面倒だから出血が少なくなるように殺してはいるが、そんな工夫もたくさん殺せば意味は薄れてくる。まだ俺は無傷で済んでいるが、少し心拍が速くなっている。微々たる差だが、確実に疲労している証拠だ。すぐに崩れることはないが、明確な破断点さえ生まれてしまえば一瞬で俺の運命は死に傾く。ジェイムの作戦を遂行するためにも、俺はここで死ぬわけにはいかない。この状況下では、俺の命に作戦の全てが懸かっている。


 限りなく細くなっていく勝利への道は、それでもまだわずかに希望の光を残している。ならばその道程がどれほど絶望に満ちていようと、足掻くことしか俺にはできない。


 不毛な戦いはもう20分は続いている。いや、これはもはや戦いと呼べるようなものではない、虐殺だ。いとも簡単に命が失われていく。もう殺し方なんてものは関係ない。次々に降りそそぐ刃をただ弾き、息の根を止める。屍さえ踏み越えて植え付けられた信念の為に向かってくる哀れな人形たちを壊し続ける。


キャス達はそろそろ異変に気付いているだろうが、迂闊に合流もできない。ここはカイルの魔術でこちらの状況をある程度把握してくれていると希望的な予測をするので精一杯だ。共有してきた時間は短いが、共に修羅場を抜けてきた仲間だ。それくらいやってくれるはずだ。


「そろそろ引き時かな」


 わずかな身体の動きで内ポケットに引っ掛けてある煙幕を落とし身を隠す。この人が多い中逃げるのは難しいが煙を撒きつつ一度屋根に登ってしまえば彼らの目からは逃れられる。建物の背が低いアイラ王国であればできない芸当だ。登った後はできるだけ高い建物に移れば一旦の休息は取れる。


 しかし民衆は煙の中見えないはずの俺目がけて走ってくる。まるで俺が見えているように。これでは逆に俺が不利だ。煙を切り裂いて迫ってくる刃をどうにか逸らし、新たに煙幕を落として壁を登る。


 壁までの数mの距離の間に5人も斬った。偶然ではない、彼らは確実に俺を認識して襲い掛かってきている。屋根の上、誰の視界にも入らない場所にいるはずなのに、俺のいる建物に続々と人が集中する。ざっと見渡しても高い建物に見張り役がいる気配もない。ディナルドが俺を捕捉していることも考えられるが、強力とはいえ儀式魔術によって付与された洗脳が瞬間的に情報を共有できるほどよくできているとも考えにくい。


「ひとつ、試してみるか」


 道へ小型の巻物を投げ、それとは反対側の建物に飛び移る。後方からの爆発音、初等魔術の【デミ・エクスプロージョン】が発動した。便利だから構わないのだが、なぜ俺の体質は使い捨ての魔導具には効果がないのか。付呪された魔術を消せないかと言えばそうでもないし、どうにも複雑だ。


 建物を移っても民衆は迷いなく追いかけてくる。これでわかった、彼らは感覚で俺を察知している。悪魔がここにいると本能でわかるのだ。強すぎる信心ゆえなのか、それともそういう風に俺がマーキングされているのかはわからないが、とにかく俺はこの狂信者たちから逃れられないということか。


 逃げられないとはいえ、容易に手の届かないここまで来てしまえば戦闘は楽にはなる。緊張感とは隣り合わせだが、、生存率は跳ね上がるだろう。もともと出ては隠れ出ては隠れでちまちま時間を稼ぐつもりだったから大した違いはないが。


 軽く呼吸を整えてから走り出す。周囲に巻物やら宝石やらを投げまくって建物から建物へ移動していく。物に付呪して発動するタイプの魔導具は、投げて発動するという性質上【魔弾】のような発動後に移動して効果を発揮する魔術に向かない。自然に【デミ・エクスプロージョン】や【ブロウ・ストーム】のような広範囲の魔術が付呪されるわけで、今のような状況では非常に都合がいい。もともとパッシヴな特性の魔術師や密偵が緊急時に詠唱破棄の高速発動でその場を離脱するための代物だ。性質とニーズがうまく噛み合った発明だと思う。


 いくら宝石や巻物が比較的かさばりにくいとはいえ、数には限りがある。さすがにここの人間全員を殺したいわけではないが、だからと言って突っ立っているだけではいずれ殺される。教皇に一矢報いるためにも、ジェイムがディナルドを捕まえてくるのをここで気長に待つしかない。


 体中についた血が乾いて服がパリパリする。さすがにもう着ていられないが、使っていない魔導具がもったいない。ベルトと腿のホルスターに引っ掛けられるだけの魔導具を抜き出してから移動する。


 ある程度内にポケットの付いた上着が必要だ。普通の家に入るのでもいいが、できれば服屋の方が外れがなくていい。服をくすねた後には建物になだれ込んでくる民衆を切り抜けなければいけない。そんなのは一度で十分だ。


 左手にちらりと見えた服屋にむかって飛ぶ。その勢いのまま扉を蹴破り、飾ってあった純白の服を踏みつけ店内に滑り込む。服と棚がいい具合に滑って程よく一気に店の奥まで入ることができた。もうすぐ冬ということもあって上着は厚手のものが多いが、身動きのとりやすそうなものもいくつかある。中でも軽そうなものに決めると、他の服を掛けてある棚をそのまま投げつける。店の大窓を残らず粉砕して通りに飛び出た棚は、そのまま何人も巻き込んで転がっていく。店の前にできた一瞬の隙を見逃さず、服を掴んで店を出る。


 再び建物の上に戻るために店のすぐ脇の路地に入り、数人突き飛ばして壁を交互に蹴って屋根の上に上がる。新しいコートはそれなりに俺の身体に馴染んでくれた。置き去りにした魔導具も回収し、懐に入れる。


 陽は傾き、薄暮の時。夜は殺し屋の本分だ。暗いと暗殺に有利なだけで、全員が俺の存在を知覚している状態ではむしろ相手の見えにくい俺の方が不利なのだが、やはり夜というのは冷静さを与えてくれるような気がする。


ジェイムから受け取った作戦書を丁寧に仕舞い、太陽を背にしてなお輝きを失わない神殿を睨みつける。


今回人がいなかったせいもあってほとんど地の文です。

そろそろファルス皇国編もクライマックスです、あと数話楽しみに待っていてください!


今回もありがとうございました!

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