438:もう一人の来訪者
花弁の舞う【春】の大地に降り立つ。空気そのものが花の香りであるかのような風、どこか懐かしい。全員が装甲車から降りたところで、城の大扉が開く。
「皆様、よくぞいらしてくださいました。装甲車の到着が遅れてしまい、申し訳ございません。カイルさんもありがとうございました」
「いえいえ、お安い御用っす!」
クレメンタインが深々と頭を下げる。魔獣の活発化やらで仕方がない自体とはいえ、失態であることには変わりない。なんだか居心地が悪いが、こういう対応も仕方ないのだろう。
暖かいところに到着してイゾルデも調子がいいのか、上着を脱いでクレメンタインに応対している。俺のコートとハイネの帽子も返してくれた。
とりあえず今日は休んでくれ、ということで、各自客室に案内される。俺たちとグラシールの戦いで城は一度めちゃくちゃになってしまったが、だいたいは補修ができているようだ。
「ニクスロットは仕事が少ないので。工事に人手をたくさん割けたんです」
この異様に早い城の再建についてリーンが教えてくれる。確かに、この国での仕事という仕事はほとんどない。魔獣の狩猟と【春】の一部地域での耕作、あとは装甲車、装甲船の操縦くらいか。
であれば大きな戦いの後に城を再建するくらい簡単だろう。なにしろ気候は結界のおかげで安定しているし、工事を妨げるものはない。
俺たちを案内したところで立ち去ろうとするリーンを呼び止める。少し頼みたいことがあったのだ。
部屋に入ると荷物を広げ、中からハイネと一緒に作った魚を調味液に漬けたものを取り出す。
「これ、厨房に預けておきたくてな」
自分で焼いて食べてもいいのだが、あまり他国の王宮の厨房に入り浸るのも変な話だし、なにしろ本職に調理してもらったほうがいいだろう。
リーンについて歩く。この前来た時は自分で食べ物を持ち込むなんてことは考えもしなかった。リリィとハイネのおかげだ。
「こちらが厨房です」
大きな扉の前で立ち止まり、リーンが言う。案内はここまででいいのに、わざわざ中までついて来てくれる。確かに、俺一人だとちょっと怪しいしちょうどいい。
「お、どうされました?」
「これ、俺たちの料理に使ってくれないかと思ってな。怪しいモンは入れてないつもりだが、心配なら俺がここで食ってもいい」
料理人の男に袋を渡す。男はおそるおそる中身を確認し、真剣な顔で俺を真っ直ぐ見る。どうしたのだろうか。
「すみません、一口いただいてもいいでしょうか」
悪いものでも入っていたのかと心配したが、そういうことか。そんなこともあろうかとたくさん作って来たのだし、むしろ一度食べてもらった上でうまい具合に調理してもらいたい。
「あ、あの! わたしもいいでしょうか……!?」
後ろからのリーンの声。なるほど、わざわざついて来たのは俺のためではなくこのためだったか。聞けば作っている時から気になっていたらしい。王族の護衛で国からも出ないし、滅多に魚は食べられないのだろう。
「ああ、俺たちだけで食べ切れるような量じゃないし、好きに食べてくれ」
料理人の男もリーンも嬉しそうだ。確かに、俺も初めて魚を食べた時は感動したものだ。あの宿の主人もいい料理人だった。
俺がここで抜け駆けしてしまうとハイネが可哀想だし、ここで食べるのはやめておこう。夕飯に適当な調理をして出してくれると約束してもらってから部屋を出る。
リーンは俺を部屋まで送ると言ってくれたが、断った。調理はすぐに始まるのだ、出来立てを食べたいだろう。俺も部屋までの道は覚えたし。
ほとんど再建の済んだ城をゆっくり眺めながら歩いていくと、前方の扉が開く。ここは書庫か何かだったか。中から出て来たのは……。
「お前、ユニか……?」
「レイさん……ですか? 追加の護衛人員とかは、聞いてないですけど……」
ガーブルグ帝国帝立魔導研究所の研究員、ユニ。少し雰囲気は変わっているが、その大きな眼鏡ですぐにわかった。
そういえば、俺たちが会った時は【影】の部下として動いていたのだった。なんと説明したものか。
「まあいろいろあってな……」
どう言っていいかわからず、つい適当な返しをする。だがそれで何か言いづらい事情があることを察してくれたのか、ユニはそれ以上聞かなかった。
まごついている俺に、ユニは穏やかに笑いかける。
「せっかくですし、一緒にお茶でもいかがですか?」
次回、439:消え失せる意志 お楽しみに!




