427:次に会う日
「今回は、本当にありがとうございました」
エーティエが深々と頭を下げる。まあ、感謝していること自体は事実だろう。どこまで想定していたかは知らないが、今の事態は奴の想定を超えていると言っていた。少しいい気分だ。
まあ、俺がやったわけではなくアーツの指示に従っただけだが。そういう意味ではアーツの勝利か。そもそも勝ち負けの争いをしているわけではないのだが。
「現在指揮官から情報を引き出しているところです。ただ、皆様のおかげで再度の侵攻までにはそれなりに時間がかかると思っています」
それはそうだろう。ディーファ王国の侵攻はディナルドの情報に頼ったものだ。それが誤りだと分かれば一度様子見を始めるはず。
そう考えると、エーティエの考えもアーツの考えも少しずつわかってくる。
エーティエは即時の侵攻を防ぐために指揮官を殺そうとし、アーツは急速な侵攻を予想しそれを退けることを考えたわけだ。情報が古くなる前にと焦って攻めてくることそのものは、二人とも予想していたのだ。
戦闘への参加自体は各々事情を説明し、クレメンタインや皇帝からの承認も出ていたらしい。しかし、同盟国が他国からの侵略を受けたということで、事情聴取のためにも俺たちの帰国は早まることになった。妥当だろう。
「これからは私たちだけで頑張らなきゃかぁ〜」
「大丈夫! アタシらならいけるって!」
思うことはあるだろうが、前向きに考えてくれているようでよかった。ディーファには、彼らも確実に脅威だと認識されたはず。次の大きな戦いまでに、俺たちなしでもやっていけるくらいの実力は付けてもらわないと。
と、横を見ればハイドとエイル、そしてセリの顔は曇り気味だった。そういえば、彼らはあまり戦場では活躍できていなかったか。何もできなかったというよりは、何かできる環境ではないという感じだった。しかし本人がどう思うかは別だ。ここで差がつかなければいいのだが。
しかし、俺がここで何を言おうともう帰らなくてはいけないことには変わりない。そもそもセリたちのような支援型には俺の言えることなどほとんどないのだ。余計な口出しをするよりも、自分で自分の強みに気付く時を待つしかないだろう。
「そんじゃ、またな!」
「また我らで戦える日を楽しみにしている」
「私もです。また遊びにきますね!」
「元気でな」
各々別れの言葉を告げて、馬車に乗る。少し名残惜しかったが、戦争に片足を突っ込んだ状況なのだ、再度の侵攻の危険性は低くても、戻らないわけにはいかない。
ぶんぶんと手を振るティオを眺めながら、三度目のファルスを後にする。毎回俺の立場もやるべきことも全く違うが、今回が一番楽しかった。賓客として招かれているのだから当たり前か。それまでは協力もすれど侵入者だったのだから。
「いやー、久しぶりに新鮮な気分だったな!」
「ああ、我も訓練兵の頃を思い出した」
そういえば、【影】と【静】は訓練兵時代の同期だと言っていたか。正規の兵ではないのは俺だけだから、少し羨ましい。リーンは俺に少し近い立場だろうが。
行きよりも話の弾んだ馬車の旅は、行きよりも早く終わりを迎えた。多少急がせているというのもおそらくあるが、この旅が楽しかったからだろう。
アイラとガーブルグの国境付近で【静】と別れ、そして王都に到着してリーンと別れる。同盟のおかげでまた会おうと思えば簡単に会えそうなものだが、いつになることやら。俺たちも、まずは報告業務をこなさなければ。
「アーツのところには俺一人で行くよ。もともとあんたは俺の補佐、こういう面倒な仕事くらい俺にやらせてくれ」
「お、いいのか? 気分はいいが疲れちまってな。お先に一杯引っかけさせてもらうぜ」
いいと言っているのに、アルタイルは礼としていい酒を送ってくれると約束してくれた。俺はあまり酒は飲まないのだが。まあ今度ジェイムか誰かを誘えばいいだろう。
城に入ろうと遊撃隊施設に向かおうとして、方向を変える。そういえば、正式な王城への通行証を手に入れたのだった。これからは正面から堂々と入れる。
門番に訝しげな顔をされるのは仕方がない。よく出入りして顔見知りにでもなっておくか。
「えー……と、特別行政官……」
長い廊下を歩いて、やっと見つけた。アーツ特別行政官の執務室だ。どうやらキャスの戴冠とともにこの立場に就いたらしい。具体的に何をするのか、どんな権力があるのかは知らないが、かなり王に口を出せる立場らしい。
俺の帰る場所も、随分変わったものだ。だが、中身は変わらない。一息つくと、執務室の扉をノックする。
「俺だ。今戻った」
「お疲れ様。まあ入りなよ」
次回、428:王国新鋭魔導士団代理兼特別行政官 お楽しみに!




