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40:教皇庁

「作戦の概要はだいたいわかったんだが、敵の本拠地にこんな堂々と侵入して大丈夫なのか?」


 ジェイムの作戦というのは思った以上にシンプルで、教皇庁に侵入しディナルドを殺してからキャス達に聖遺物を回収してもらうというものだった。確かにメモを読む限り俺とジェイムの二人で倒せない相手ではないのは分かったが、それでもどこか楽観視しすぎというか、そういう懸念が拭いきれない。


「彼はこの国で数少ない正気を保っている人間のうちの1人だ。レイ君、君も気付いているだろう、この国に隠れる狂気に」


「原因を知っているのか?」


「これに関しては私の推測が主だからメモには書かなかったがね、おそらく教皇による超強力な洗脳だと思うんだ」


 ファルマ教という強力な一神教を軸に造り上げられた統一国家。犯罪件数は極端に少なく、国民皆が強い信仰心を持っている。平和で理想的ではあるが、その在り方には人間味がない。ファルス皇国に住む信者には確実に安定した生活が約束され、信じている限り人生を安寧と共に送れる。この街に来てようやく分かったが、この純白の理想郷こそ陳腐な殺人犯などより余程狂っている。


「洗脳の手段は?」


「経典か霊脈かな。経典の方が有力だと思うけれどね」


 魔眼のようなものか。楽曲、物語、劇などに魔術的な意味を持たせ、無意識下にその魔術を刷り込むことにより相手の自由を奪う魔術。隠匿に特化した性質からその歴史はとても長く、封印されたものは千を超えるという。俺自身一度魔曲によって操られた人間を相手取ったことがあるが、自己を顧みない特攻の様子は人生の中でも特筆して恐ろしいと感じたものの一つだ。もっとも未だに一番恐ろしいのは隣で涼しい顔をして歩いている壮年の男だが。


 しばらく歩いていて思ったが、堂々と入った割に一度も人に遭遇していない。さすがに巡回はなくとも警備や人の出入りはあると思ったのだが、もしや罠だろうか。しかしこんな分かりやすい違和感にジェイムが気が付かない訳はない。


「彼らの、おそらく教皇の判断だろうね。万が一にも警備兵で私たちを制圧できるとは思えないしね」


 ジェイムがこう言うからにはそうなのだろう。確かに十把一絡げの兵士ならば余裕で捌ける。無駄に死人を出すよりは自分が叩いた方がいいという考えなら頷ける。これも安穏とした国家を守るための手段か、それとも別の意図があるのか。


 ファルス皇国の建造物には背が高いという特徴がある。これはただ俺の感覚的なものだが、神殿といい教皇庁といい塔のようなイメージを持つ高さだ。他の家屋なども塔とまでは行かないが少なくとも3階はあるような建物ばかりだ。


 上階に上がれば上がるほど、空気が張りつめ緊張感が増してゆく。空気の密度がどんどん膨れ上がるような圧迫感。空間に漂う魔力が飽和している。聖遺物とはまた違った、局所的なものではなく広範囲に満ちる魔力はこころなしか身体活動を鈍らせる。


「来るよ。5m後方だ」


 俺としたことが敵襲に気付くことができなかった。慌てて刀を抜くと1拍遅れて振り返る。魔力から生成されたようにぐにゃりと空間を歪ませて現れたのは貌のない聖人。どれだけ華美で神聖な衣装に身を包もうと、その顔には表情も意志も生気もない。


「出来損ないの疑似聖人か」


 いくら出来損ないとはいえ、その力は本来の聖人に勝るとも劣らない。ファルマ教の聖人特有の光、白、神聖に特化した【奉神の御剣】の系譜に連なる高密度の大魔術。強力に見えるそれはしかし、俺にとっては得意分野であったりする。俺は魔術を消去できる。が、裏を返せば魔術以外の事象に関しては干渉できない。しかし彼らの魔術は光によって現実を侵食するものであり、その周辺には全く影響がない。周りの空気まで熱くする炎熱魔術などと比べたら破るのは容易すぎる。


「ジェイム、下がってろ」


左手を前に出して構えながら突撃する。疑似聖人は【魔弾】の派生魔術である【光弾】を超高速で連射してくるが、強化された動体視力でならば対処できる。【光弾】を叩くようにして消去すると、そのまま斬りかかる。


振りぬいた刀に手応えはない。疑似聖人は切り口からぼやけ、崩れるように消えていく。現れたときとは逆に、空間に満ちる魔力に溶けるようにしていなくなったのだ。魔力を利用して投影された幻像か。しかし幻像にしては現実感のありすぎる像だった。撃ち込まれた魔術も、もちろん本物だった。それに、まだ気配が消えていない。


「魔力に変身、もしくは溶けたか。こんな技術聞いたことねぇ」


「私は魔術にはそこまで詳しくないから断言はできないが、彼は魔力でできているんだと思うよ。元の肉体をベースに魔力で身体を再構成しているんじゃないかな」


 魔力での物質構成。型と大量の魔力を用意すれば比較的原理自体は単純な魔術だ。【奉神の御剣】もその応用。魔力さえあればというなかなか力押しな魔術ではあるが、それにももちろん限度はあり、構造が複雑になればなるほど魔術師自身の処理能力が必要になる。過度な実験によって廃人になった魔術師は後を絶たない。


 いま空気中にある魔力の一部となっている疑似聖人の身体がもし魔力でできているとしたら、教皇あるいはディナルドは人を複製したことになる。理由は不明だがそれだけの処理をこなす力が彼らにあるのだとしたら、それだけで十分すぎる脅威だ。


「気配が散っているせいで掴みどころが無いから気持ち悪いね。数も正確に測れないし」


 そうだ、さっき現れた一人がすべてではなく、同じような疑似聖人が複数いるかもしれないのだ。俺に魔術が効かないにしろ、大挙して押し寄せられればさすがに骨が折れる。完全にこれは感覚だが、そろそろ最上階に近い気がする。いままでディナルドらしき反応がみられなかった以上この先に誰かしらの重役がいることはほぼ確実だろう。


「走るぞッ!」


 一瞬で刀を納めると廊下の奥に向かって走り出す。今度はジェイムが少し遅れて俺に倣う。走れども走れども息の詰まるような濃い魔力は振り払えなかったが、もやもやとした嫌な気配からは逃れることができた。しばらく走ってからペースを落とす。そういえばジェイムはもともと杖を使わなければいけないほど脚が悪かったのだ。


「悪い、脚は平気か?」


「ははは、問題ないよ。無理が祟って普段は杖がないと歩けないが、短い時間であれば平気さ。アールハイトのことあまり言えないなぁ」


 そういえば養父は特攻のような無理な戦いを続けていたせいで身体を壊したとか。話を聞く限りジェイムが無理をしていたような様子はなかったが。


「魔力放出、思ったよりも身体をダメにするんだ。気付かないうちに回路がボロボロになっていたから脚のそれを移植したんだけどもやっぱり完璧には適合しなくてね」


 そう言われちらと脚を見てみると、確かに同年代のものと比べて細い。全体的に細身ではあるもののその中でも際立っているというか、明らかにアンバランスなのが分かる。俺が最初に出会った時にはもう傍らに杖を置いていた気がするから、養父が死んで大して時間の経たないうちにこうなったのか。


 魔力を全身に巡らせる回路、血管のようなものだがそこから魔力を爆発的に噴出させれば確かに痛みもするだろう。ジェイムを責める気も、愚かだと笑う気もしないが、俺の能力は体力を代償にするものの随分と都合が良いものに感じる。通常より余計に疲れるだけで身体機能を遍く強化できてしまうのだ。いままで自らの境遇ばかりを憐れんできたが、認識を改めるべきなのかもしれない。


「さてレイ君、最上階ではないようだが強い魔力を感じる」


「微妙な階で待ってるモンだな。元締めならそれらしく至高の玉座で待ってればいいのによ」


こちらの到着に気付いているのか、荘厳な扉がゆっくりと勝手に開く。


我ながらですがやっと教皇庁内です。なんでこんなに長くなったの……。

できるだけ早い更新を心がけているのですが最近妙に忙しいです申し訳ありません。

これからもよろしくお願いします!

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