414:指導開始
「皆様、今回はファルス皇国のためにありがとうございます」
そう言って、エーティエは穏やかに笑う。この男もそうだが、やはり教皇は苦手だ。各国の首長とどうにも違う雰囲気がある。
ふと思い出す。俺はむしろ、洗脳が解けてからの教皇、ランドリックの方が苦手だった。多分それは、信仰と信念、相反する二つのものを抱えているからなのだろう。
ランドリックはファルマ教の神威を信じていながら、それでも自分の目的のためにそれを利用した。それが俺にはどうにも気持ち悪い。自分のために自分を捻じ曲げているような、そんな気分がするのだ。
嫌いではない。ある種の敬意もある。でも、どうしても近寄りがたいものを感じるのだ。憧憬のようなものがありながらも、相互理解には程遠い。そんな感覚だ。
「訓練された兵は強い在り方を知っている者がいなければ存在できませんが、訓練された兵からでもなければ、我が国から強い在り方を知るものなど生まれ出ません。此度の助力、本当に有難い」
まあ、大筋で同意だ。ごく稀にヴィアージュのような生まれながらの傑物も存在するが、基本的には強い者の中からしか強い者は現れない。その大元が欠如しているのだから、俺たちで補うのは正しいとも言えるだろう。
あのアーツですら、話を聞く限り生まれながらに強かったわけではない。環境やらの要素もあるだろうが、結局教わるのが一番早い。俺もそうだった。
エーティエの誘導で皇都の外れの広場まで移動すると、そこには緊張した面持ちの兵士たちが待機していた。歳は俺よりも少し上くらいだろうか。
「今後皇国軍を指導する予定の兵たちです。彼らに戦い方や、兵の育て方を教えてください。私もここで見ていますので」
おかしなことを吹き込む危険もあるだろうし、エーティエの見学、もとい監視は納得だ。他に信用できる人材もいないのだろうし、今は自分でやれることをやるしかないのか。そう考えると少し同情してしまう。
さて、指導すること自体は構わないのだが、どうすればいいのだろうか。虚ろな目で前を見ていると、隣のアルタイルが一歩前に出る。
「俺はアルタイル、よろしく! 早速だけど、それは軍服でいいのかい?」
「はい……! 対魔術加工のされた法衣で、皇国軍所属の者は皆これを着用する決まりとなっています」
「皇国軍と交戦したこともあるが、その時も『こう』だった」
苦い顔をするアルタイルに耳打ちする。アルタイルの言いたいことは俺もわかる。あの法衣では機動力が相当に削がれる。咄嗟の判断が大事になる戦闘において、動きづらい服などもっての外だ。
「どうしたモンかなぁ。もう少し動きやすい軍服にするってのは、できないのかい……?」
【静】とリーンも程度の違いはあれど、肯定の意思を示している。当たり前だが、ファルスの兵士たちはきまりが悪そうだ。
「教典にそう書かれていて……。僕たちにはとても……」
「いや、そうだったのか。うーむ……」
流れが行き詰まったかに見えたその時、エーティエが前へと進み出る。
「改良していいんじゃないでしょうか、軍服」
「教皇様……!?」
今までの体制が良くないと思っているのは結構だが、教典に逆らうのは流石にやりすぎなのではないだろうか。そんなことをしていては立場を失いかねない。
「教典に書かれているのは、『国を守る者もまた、相応しい衣を纏うべき』というものです。従来の皇国軍では、この『相応しい』の部分を履き違えていたのではないでしょうか」
そう来るか。いつかアーツも言っていた気がする。曖昧さは隙だと。曖昧な表現をすればこういう人間には必ずつけ込まれる。
「国を守る者に相応しい服、それは彼らのように自分の命を守ることができる服なのではないでしょうか。我らが神は、抵抗も叶わぬ虚しき死を望むでしょうか?」
兵士たちは驚きと感動の入り混じったような面持ちでエーティエの話を聞いている。そうして話す姿はまるで聖人のようだ。いや、聖人なのだが。
「貴方たちが酷い死を迎えないためにも、必要なことでしょう。早急に軍服の刷新を検討しますね。今まで気付くことができず、申し訳ありません。各国の助っ人の皆様も、ありがとうございます……!」
深々と頭を下げるエーティエ。部下もかなり感激しているようだ。演技もここまで極まれば上等といったところか。直近で見さえしなければ最高にいい教皇だろう。ランドリックの死期を思い出す。
「そんじゃ、今日のところは心構えでも話しておくとするかね」
「同意。明日以降は活動に適した服で望むこととしてくれ」
アルタイルと【静】に、俺もリーンも同意する。エーティエも、訓練中は必ずしも正規の軍服を着る必要がないと補足してくれた。とりあえず、今日の俺の役割は様子見だけで済みそうだ。
「んじゃあ、どこから話すかねぇ」
次回、415:良き上官、良き教師 お楽しみに!




