401:戴冠
トレイザードが死んで間もなく、戴冠の宣言が行われることになった。
各州の諸侯には既に直通の通話宝石で連絡が行われ、追って正式な書面を列車や馬で届けるという。
俺たちといえば、なぜか親衛隊の制服を着せられていた。
「おいアーツ、なんで俺たちがこれを?」
「そりゃ、傷だらけの一般人をキャスと同じ舞台には立たせられないからね。親衛隊という体でフードを被れば中身なんて見えないし、これで最後まで一緒にいてやってくれたまえよ」
「まあ、そういうことなら」
純白のフードを被る。白い服を着るとどうしても思い返してしまうのはファルス皇国だ。あのとき、ミュラは確かに俺を助けてくれた。今の勝利があるのも彼女のおかげだ。今は穏やかな義眼を、眼帯の上からそっと撫でる。
「レイくん、頑張ったね」
そう声をかけてきたのはフラマだ。どうしてもイメージが合わない。別の人格がその都度顔を出しているような不思議な感じだ。
それこそ、あの夜に俺を焚き付けたあのときとも全く違う。今は慈愛に満ちた、というよりはアイリスのような穏やかなイメージか。
「あの時はゴメンね。でも、ああでもしないと君は立ち直ってくれないかと思って。時間もなかったしね」
「いや、今となっては感謝してる。いろんなモノを失わずに済んだ」
失うことを恐れて戦いをやめたけれど、戦わないままではより多くのものを失っていた。ああでもしてくれなければ、俺は更なる絶望の果てに追いやられていた。
「レイさん、始まりますよ!」
「ほら、行こう」
リリィに手を引かれ、キャスの側に並ぶ。これが、俺たちの旅のひとまずの終着点だ。
「みんな、本当にありがとう」
そう呟いて、キャスは歩き出す。それに従いて白のバルコニーに出る。騒ぎは収まっていたが、それでも襲撃の爪痕ははっきりと王都に残っていた。これに加担したのは俺たちだ。その責を、これから負っていかなくては。
「アイラ王国の諸君に、宣言する」
一歩、前に進み出たのはアーツだ。通話宝石を通して、アーツの声は王都中に広がっていく。
まずアーツが伝えたのは、事の仔細だ。トレイザードが王位の簒奪のため王家を殺害した事。キャスリーンは運良く逃げ延びた事。
そして、【蒼銀団】を打倒し、同時にトレイザードから王位を奪還した事。
もちろん、俺たちが今まで特務分室という役割を担っていたことも、その構成員が王家殺しに加担したことも、【蒼銀団】を泳がせていたことも、全て闇の中だ。
放逐された、悲劇の真の王女。在るべき王として舞い戻るには、少々贅沢すぎるくらいの設定だ。だが、これでいい。
アーツの口上が終わると、続いてキャスが進み出る。トレイザードと相対していた時の暴力的なまでの威圧感は消えたが、それでも穏やかな覇気を纏っている。
「キャスリーン・エルマだ。この国の王となるため、10年の時をかけて、ここに戻ってきた!」
民衆がざわつく。
「政の場から離れていた人間が王となるのには、不安を覚える者もいるだろう。だが、安心しろ。あた……私は、貴君らを後悔はさせない! どうか、見ていてほしいッ!!」
さまざまな感情が入り混じっていたざわめきは、キャスの一言で徐々に歓声へと変わっていく。今のキャスの言葉は、度重なる事件の中で疲弊した民衆にはより強く、特大の鐘の音のように響いたのだろう。
ちらりとアーツを見る。フードのせいで表情を伺うことはできなかったけれど、それでも彼がどんな顔をしているのかわかった。……だから、心底思うのだった。
「俺、お前についてきてよかったよ」
「俺も、君のような部下を持ててよかった。ありがとう」
第6章、完結!
次回EX:四国円卓会議 編、402:顔合わせ お楽しみに!




