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400:故き裏切りの鎮魂歌

「なあ、その玉座。座り心地はどんなだ?」


 玉座の間に入るなり、キャスが言う。確かに威厳はあるが、豪奢すぎて落ち着かなさそうだ。もちろんそういう座り心地を聞いているのではないだろうが。


「まさかここまでするとは。驚いたよ、キャスリーン」


 アイラ王国国王、トレイザード・ロブ・エルマ。俺たちの最終目標。多少権力欲が強すぎるきらいはあるが、王位の簒奪を成功させるあたり狡猾さと実行力は本物だ。


「アーツ、兄も含め貴様らが裏切るのはわかっていた。キャスリーンを隠していることもわかっていた。だが、ここまで追い詰められるとは思わなんだ」


「じゃあ、王位を明け渡せ。今なら全てを許して、殺さないでやる」


「舐めるなよ、俺もあの時『勝った』んだ。お前らと同じ、手段を選ばなかっただけだ。そんな古臭い血だけで、この10年を覆せると思っているのか? お前らはもう死んだ、亡霊なんだよ!!」


 簒奪者であろうと、これが王だ。こういう時の威圧感には、俺も一瞬怯んでしまう。確かに原動力は権力欲なのだろうが、為したことは確かに王だ。俺たちの求めていたものとは違うが、この男にも王の素質があることは間違いない。


 だが、違う。この男は大事なことを見逃している。この男が力で、殺すことで奪う事ができたのだ。俺たちもこの男を殺せば王座を奪い取る事ができる。


 なにせ、死人に口なし。殺してしまえばどんな反論も湧いてこないのだ。キャスの両親が、トレイザードの父が、トレイザードの手によって殺されたと叫べなかったように。


 そう。生き残った者だけが、勝者だけが語る事ができる。


「あたしたちも奪うだけだ、お前がかつてしたように。奪い還させてもらうぞ」


 一歩進み出たキャスを牽制するように、トレイザードが手を掲げる。それに呼応するように現れたのは、親衛隊だった。随分数は減っているが、これが現状戦えるだけの戦力という事だろう。


「ここまで侵入を許した貴様ら愚図共でも、手負いのコイツらぐらい片付けられるだろう。……やれ!」


 俺を含めた特務分室全員がキャスを庇うように前に出る。キャスは、もうそれを咎めはしない。俺たちは、このキャスの覚悟に応えるだけだ。


 とはいえ、トレイザードの言う通り今の俺たちに親衛隊を相手にするのは厳しい。ここが本当の正念場か。


 覚悟を決め、刀に手をかけた瞬間。張り詰めた空気の中に、気の抜けた、それでいて妙な威圧感のある声が響き渡る。


「あらあらぁ、皆さんお揃いで」


 この声は。振り向けば、そこには長身の麗人が。フラマだ。


「貴様、この緊急時に遅れてくるとは。疾く此奴らを殺してしまえ」


 トレイザードの苛立った声と、さらなる刺々しい覇気が衝突する。これは、本当にフラマが放っているものなのか。「ラ・ベルナール」で寛いでいる姿からは想像できないほどの威圧感だ。


「図に乗るなよ、俗物。この私に命令していいのは『真の王』たるアイラちゃん……と、キャスリーンちゃんだけ。ね、キャスリーンちゃん?」


 フラマは嬉しそうに笑ってキャスの側に立つ。顔見知りだったのか、キャスの顔も穏やかだ。


「こうなれたのは、仲間たちのおかげです。貴女も含めて。ありがとう、助けてくれて」


 キャスから、フラマと同種の威圧感が放たれる。トレイザードのそれとは違う。真の王者とは、こういうものか。


「君たちも、認めてくれないだろうか。親衛隊が護るに恥じない王になると、約束しよう」


 キャスの言葉に従うように、親衛隊が跪く。もちろん、キャスに向かって。これで、もはやトレイザードの王位は名ばかりのものだ。


「キャスリィィィィィィィンッ!!!!」


「黙れ、御前だぞ」


 トレイザードの方向も、フラマによって静まる。どんなに策を巡らせて、どんなに強く在ろうとしても、本物には敵わないということか。トレイザードには、少しだけ同情する。


 だが、それはそれ。この男には死んでもらわなければいけない。そして、それを為すべきは他ならぬキャスだ。


 フラマの威圧で動くこともできないトレイザードの前に、堂々と立つキャス。その指先には彼女の髪とよく似た赤い魔力が弾丸となって浮いていた。


 これは、失われた全てを取り戻す戦い。其は、失われた全てを取り戻す運命の弾丸。


 放たれたその一射は、一つの時代の終わりを静かに、しかし確りと告げた。

次回、401:戴冠 お楽しみに!

次回第6章最終話です!!

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