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2:深紅の魔法使い

「いやぁ、めでたいなぁ。兄ちゃんは一杯やらねぇのかい?」


「いや、俺は結構」


 顔の赤い中年の男が遠くを見ながらへらへらと笑う。男と俺の視線の先はどちらも同じ。もうすぐここを通る、国王を乗せた馬車の列だ。


 ここは時計塔。王都に数ヶ所ある時を知らせる、このあたりでは最も高い建物だ。お誂え向きに男が何本も酒の瓶を開けていたので、それを一つ拝借し、中に魔力の入った紙切れを入れて蓋をする。


 今日まで、準備は怠らなかった。愛用の刀を研ぎ直し、情報を集め、使えそうな道具はなんでも買ってポケットに詰め込んだ。それでもどうにも安心できなくて、家から絞ったレモンの入った瓶を持ってきたくらいだ。


 レモン果汁を一気に身体に流し込み、酸味からくる、引き締まるような身震いで身体の震えを無理やり止める。もともと使おうと思っていた瓶を足下に転がし、男からくすねた酒瓶を軽く振る。


 瓶の中の紙切れから少しずつ煙が漏れ出る。煙幕魔術、【フォグ・スモーク】を付与した符は正常に機能してくれているようだ。


 国王を乗せた馬車はゆっくりと、しかし確実にこちらの前に近づいてくる。とうとうきてしまった。


 逡巡、後悔。ないわけではない。ここからでもわかる圧倒的な魔力を放つ親衛隊を目の前にすると、この絶望的な状況に死の予感しかできなくなる。それでも、やると決めてしまった。


 やるからにはやる。そしてできるだけ生き残る道を探す。そのためにこうして準備をしてきたのだから。


 煙が充満し、今にもはち切れそうな瓶を投げる。時計塔の真下には、ちょうど国王を乗せた馬車が。馬車の近くに着弾した酒瓶は砕け、我先にと煙が飛び出して周囲に広がっていく。


 この刹那の混乱。この一瞬しかない。


「お、おい! 兄ちゃん!?」


 酔っ払いの静止も間に合わない。俺も瓶を追って地上に飛び降りる。生身ではとても耐えられない高さだが、おそらく大丈夫なはずだ。


 俺の持つ力、身体補強(フィジカル・シフト)を頑強さに特化させれば、軽い怪我で済むはずだ。吐息と一緒にこぼれそうになる恐怖を呑み殺して、刀を構えて着地する。


 両脚、そして全身に遅れて響く激しい衝撃、だが、狙いは外さなかった。煙の奥にぼやけて見える人影は国王に違わない。その影めがけて刀を振るう。


 いつもと同じ、確かな感触。肌を切り、肉を引き裂いて骨を砕く、普段と同じ感覚。いくら国王であろうと人間は人間。一旦は依頼の達成ができたと思うと、安心とも落胆とも違う妙な感覚に襲われる。


 そんな感傷に浸っていられるのも一瞬のこと。煙が晴れ、返り血を浴びた俺と無惨に斬られた国王を見れば、この状況は否が応でもわかる。大声を上げながらこの場から離れようとする民衆の気配よりもなによりも、俺に突き刺さる敵意と殺意が全てを上回っていた。


「さて、死ぬ覚悟はできていような」


 白マント、親衛隊の1人が言う。大柄な、声からして男だろう。この男を含め12人の親衛隊から、どう逃れるか。顔にかかった血を拭い、刀を構える。


「ほう、来るか」


 俺は今のところ、混乱に乗じて国王を殺しただけの男。警戒されていないうちに全力で一撃入れて、どうにか突破口を作って逃げ出すしかない。だからこそ、ここでやるのだ。


「終末飾りし滅神の業火よ、地を覆う災禍となりて我に仇なす咎人を裁け」


 俺が今までに受けてきた、文献で見てきた中にない魔術。魔術を人一倍受け、そして魔術師とわたあり合うために知識を蓄えてきた俺でも知らない詠唱と火力。


 男の手から噴出した炎の火力は凄まじく、反射的に飛び退く。背後の親衛隊への警戒を怠ったと咄嗟に振り向くが、気付けば他の団員も離れていた。詠唱を聞くだけで避けるべきだと判断できる魔術、そういうことだ。


 だが、こういう魔術に対抗するために俺の身体がある。懐から取り出したナイフで左腕を突くと、血濡れのナイフを炎に投げつける。


「……これを防ぐか」


 いける。男の声には確かな動揺がある。まさかナイフ一本で自分の魔術が相殺されるとは思っていなかっただろう。


 そしてさらなる追い風。国王の暗殺というショッキングな出来事が民衆に与えた混乱は俺が思っていた以上だ。周囲を警備している兵士だけでは間に合わなくなっている。王都全体が混乱に陥れば脱出も容易だ。


「致し方ない。全員民衆の誘導、制御にあたれ」


「しかし団長殿、この男の相手は……」


「私1人で十分だ。いざという時は『魔法』を使う」


 男の命令を受けて、他の団員が散り散りになる。圧倒的な覇気からなんとなく感じていたが、やはりこいつが長か。直々に相手をしてもらえるとは、先ほどの魔術消去でかなり警戒されてしまったようだ。


 なにより、彼の『魔法』という言葉。魔術の時代の前に栄えた技術。現代では失われているはずだというのに、こういうところには残っているのか。


「××××××!!」


 大気を直接掻きむしっているようなノイズ。あまりに異様な音に、それが目の前の男から発生しているものだと気付くのに数瞬の時間を要した。そして現れる圧倒的な熱量。先ほどのものとは比べ物にならない火球。


 再び別の血濡れのナイフを取り出し投げる。しかしナイフに付着した血は黒い炎の魔法に触れる前に一瞬で炭化し、消える。ナイフすら、地面に力無く落ちた衝撃で歪んでいる。それだけの熱が、迫ってくる。


身体補強・耐久特化フィジカル・シフト・ガード……ッ!」


 左腕に全ての力を集中させ、火球に向ける。血もあの速度で炭化したのだ。俺の腕も最大限の守りが必要だ。


 黒い火球が近付けば、それだけ死が迫るのを感じる。広げた掌がジリジリと焼け、表面から少しずつ蝕まれているのがわかる。熱でゆらゆら揺らぐ視界の向こうに見える男は動かない。これで俺を殺せると思っているのだろう。


 だから、負けたくない。あの男の思い上がりを叩き潰して、一瞬でもいい、隙を作って、絶対に生き延びる。


 激しい熱がもうそばまで。身体補強(フィジカル・シフト)を制御している脳まで壊れそうな熱の中、やっと指の、その先が火球に触れる。


 途端、吹き抜ける熱風と、それを追うように流れていく温い空気。なんとか耐え抜いた。左腕はもうボロボロ、修復しなければ戦うことも難しいだろうが、命はどうにか繋ぐことができた。


「魔法も消し去る……と」


 少し考えるような仕草を見せた男は、一瞬の呼吸のあと、人1人が入ってしまいそうな火柱を呼び出す。攻撃かに思えたそれに腕を入れ、そして。


「貴様の領分で戦ってやろう」


 火柱の去った後の手には、大きな剣が握られていた。方法はわからないが、ここまで呼び出したものだろう。美しい輝きを放っているが、丁寧に使い込まれた形跡がある。こいつも少しは剣ができるということか。


 しないのか、できないのか、とにかくあの黒い火球を連発されなくてよかった。あの魔法で攻められていたらいずれ体力が尽きて死んでいた。


 ならば、この好機を利用するしかない。身体補強(フィジカル・シフト)を一気に引き上げ、三歩で男に肉薄する。


 鋭い打ち込み。それがずっしりと重量感のある一撃で止められる。こんなわかりやすい一撃が決まるとは思っていないが、そこではない。まさか両手で扱って然るべき大きさの剣を片手で振るうとは。


 今は守りの一撃だったからいいが、向こうから殺す気でこの剣を振るわれたら。何度か打ち合えば俺の刀は折れてしまうだろう。こういうタイプは初めてだ。だが、ここでむざむざ殺されるほど甘くはない。


 俺の刀を弾き頭上から降る両手剣。その剣を防ごうとワンテンポ遅れて振るわれた刀に、男のフードに隠れた顔が勝利を確信したように歪むのがわかる。


 まともに受ければ折れる、ならばと放ったこれが、俺の意図がバレていたらどうしようか。そんな不安も追い抜いて、全力で刀を振り抜く。


 そう、正面から受けてはいけない。ならば剣の軌道を逸らすしかない。剣の側面に全力でぶつけた刀は豪快な金属音を立て、そして押しのける。お互いに姿勢の崩れたこの瞬間が好機だ。


 顔面に蹴りを入れると、その勢いで飛び退って距離を取る。魔法や魔術を唱える隙はないものの、両手剣のリーチには入っていない、絶妙な距離。


 この隙に、刀で一撃入れて離脱するか。それとも今すぐ逃げてしまうか。そんな迷いが頭を過り、そして綺麗に拭われる。俺の些細な迷いなど踏みつけてしまうほどの、強烈な存在感が上空に現れていた。

突然の乱入者、そしてレイとハーグの戦いの結末は……?


次回、3:邂逅・その1 お楽しみに!


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― 新着の感想 ―
[良い点] 私の好みの設定で楽しみです [気になる点] 暗殺しに来たのに名を名乗るのがちょっと違和感というかひっかかりました [一言] これからも楽しみにしてます
[良い点] さすが親衛隊団長というだけあって、ハーグさん強いですね!レイさんはどう戦うのか!?(; ゜Д゜)
[一言] まだまだ途中ですが、テンプレ小説なんかには、他の小説にはない魅力を感じます。 主人公が格闘オンリー(でもないが)なのも好みです。
2020/03/22 00:18 退会済み
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