37:父の肖像1
相変わらず疲れたような顔で杖をついている。やはりこの姿ではジェイムが凄腕の殺し屋だとは考えられない。ごく普通の行商人のようだ。穏やかな笑みを浮かべるジェイムに刀を向ける。
「止まれ。カイル、携帯武具の確認を頼む」
「何も持っていないっす。杖もただの木っすし」
本当に話があって来たようだ。なぜ俺たちの居場所を知っているのか、そのあたりはかなり気になるが、とにかくまずは話というのを聞いておきたい。刀を下ろすと向かい合って座る。
「敵意がないと示してくれたのはいいが、武器を持ってこないのはなかなか不用心じゃないか?」
あれだけ警戒していた俺がこんなことを言うのもおかしなことだとは思うが、実際危険すぎる。ジェイムの服は外套を除き基本的にファルス皇国の常識的な装いだ。しかし戦争状態の今いつ私刑が始まってもおかしくはない。
「生身の状態でも10分は君とやり合う自信はあるよ」
言ってくれる。俺が相手では魔術のアドバンテージは基本無効だ。その上で10分間も白刃の前に晒されるというのか。真偽のほどは近いうちに確かめさせてもらいたいものだ。
「それで、用件は何だ。まさか冷やかしに来たわけじゃないだろう?」
「ああ。簡潔に言うと、一時的に君たちと協力したい」
お茶を淹れてくれているハイネは事情を知らないために小首を傾げているが、カイルとキャスは口を開けて驚いていた。もちろん俺も。他人との共同戦線はもちろん、仲介人が入ることすら嫌がったジェイムがまさか協力を求めてくるとは。
「お前の目的は何だ。お前に俺たちと協力しようとまで思わせたものが何者なのか、知りたい」
「構わないが、その話は明日にしたい。とりあえず私の持つ情報は全てこの紙に記しておいた。明日の正午、協力してくれるのか否かを聞かせてほしい」
長旅で疲れた、という理由でジェイムは宿を出ていった。その背中はやはりどこか頼りない。あれがなかなかどうして敵を屠る獣と化すのか。とりあえずキャスにメモの内容を確認してもらう。
どのように調べたのか、ジェイムの調査内容は知っていること知らないこと含めて様々で、そのいずれもおそらく正しいであろうと推測されるものだった。やはり転移先の空間には【奉神の御剣】の安置されている祭壇への道はなく、ディナルドを倒さないことには神殿には手を付けられないようだ。
冷めてしまったお茶を啜りながら、テーブルに置かれたメモを眺める。ジェイムの作戦に乗る場合、俺とハイネ、それからジェイムが組んで行動することになる。どう頭を捻ってもこの作戦が一番【奉神の御剣】に近いのは言うまでもない。だが植え付けられた恐怖心というのはそう簡単に拭い去れない。情けないことに俺はあいつが怖いのだ。
「レイさん、問題があるなら無理して乗らない方がいいっすよ。僕たちを謀ろうとしているかも解らないですし」
「いや、ジェイムと組もう。心配かけて悪かった」
うじうじ悩んでいても仕方なかった。ジェイムが自ら協力を要請してきたこと、そして機密情報の詰まったメモ。あれこそがジェイムが困窮している証拠だ。神殿内部まで隈なく探索したうえで一人で動かないと決めたということはかなり面倒な戦いにはなるのだろうが、折角の好機だ。逃すことはできない。
さすがにハイネの存在は把握していなかったようで、ハイネの名は作戦の中には入っていなかったが、俺たちの戦闘が終わり次第聖遺物を回収するカイルとキャスを護衛してもらうのがいいだろう。その点カイルはさばさばしているもので、ハイネの禁呪で心臓を壊されたにも関わらずにこやかに打ち合わせをしている。事情があったとはいえあの柔軟さは羨ましい。
他の3人と違って特にすることのない俺は先に部屋に帰らせてもらう。思えばかなりの強行軍で、ここまで来るのに随分消耗してしまっていた。王国内でばかり仕事をしていたのも効いているのかもしれない。今までたまに郊外で仕事をすることはあっても基本は王都だった。いつもと違う環境というのは妙に疲弊する。
ひとしきり浮かんできた文句を泳がすように頭の中に漂わせていたが、どちらにしろ貧民街で腐っているより数段いい。あのまま生き続けていればそれはそれでよかったのだろうが、死ぬ理由もなく生きるのと意志を持って生きるのでは話が違う。
冬も近づいてきたようで、だんだん冷えてきた。暖かい毛布にくるまり、何日かぶりの快適な寝床の上で吸い込まれるように眠りに落ちていった。
翌日、目を覚ました俺は食堂で白いコートを手渡される。どうやらキャスが朝のうちに服屋に無理を言って買ってきてくれたらしい。どうせ教皇には俺たちのことは露見しているだろうし、いまさら無理に隠密行動をとる必要はない。ジェイムのことが相手方に知れているのかどうかは知らないが切札になると思っていいだろう。
軽い朝食を済ませると装備を整えて宿を出る。新しいコートは陽光を跳ね返して少し眩しい。明るすぎて落ち着かないのだ。暗い色の服ばかり着ていた代償か。殺しをするのに目立つのは大きなハンデだ。もっともこの街にいる場合黒の方がよっぽど目立つのだが。
「待たせたかね」
「いや、刻限通りだ。さっさと済ませちまおう」
ジェイムも今日はいつもより薄い色の外套を羽織っている。武装した俺の様子を見て協力すると察したのだろう。俺の言葉を待たずに中心部へ歩きはじめる。
昨日は夜だったためによく見られなかったが、少し眩しいのを除けば綺麗な街だ。大通りに限らずきれいに整備されており、皇都なだけに造りも荘厳だ。まさに白亜の塔と形容できる神殿は、彼らの信奉する神の威光を示すが如く天に向かって伸びている。
街を往く市民は皆笑顔だ。大通りだというのに店はあまりなく、あるのは教区をまとめる司教の家や役所仕事をする窓口のようなものが多い。信ずるだけで救われるというのは宗教の決まり文句のひとつではあるが、それを体現したような街だ。
「しかしこの街はずいぶん綺麗だな。アイラの王都とは大違いだ」
一応声を潜める。市民にまで敵国からの来訪者だと思われては面倒が過ぎる。武具を携帯している時点でかなり怪しいが、中には傭兵稼業のような者もちらほらいるため、そこまで気を付けなければいけないという程でもないだろう。
「そりゃあそうだよ。ファルス皇国はファルマ教信者には寛容だが他教徒には厳しい。西方の小国との小競り合いで得た奴隷を採石場やらで強制労働させているんだよ」
「納得だ。市民が満ち足りすぎた顔をしているのはそういうワケか」
この皇都で生きている市民たちは、飢えを知らず、困窮を知らず、劣等を知らない。絶対的に輝く信仰と異教徒に対する優越感、望むもの欲しいものはすべて揃っている。郊外の都市にいる者も、信仰のため戦う神兵、神の為に耕作する農家と十分すぎるうえに強すぎる意義を与えられてしまっている。
「この国は、神に閉ざされているんだな」
国民の思考は完全に密室状態なのだ。自らの信念、迷いを持たず、神とその代行者から幼少より与えられた幸福を信じて疑わない。その強迫観念にも似た強い『正しさ』が信者の思考を閉ざしている。さながら子供部屋にこっそりと鍵をかけ、そのまま育たせるように。
「そうだね。だからこそ彼らは強いんだ。統一された強力な大義の許では、必要以上の勇気が湧き出てしまう。そういう君は、何のために戦っているのかな」
「俺と同じ生き方をさせないためだ、この間お前と戦った白髪の娘に。無理かもしれないが、俺が希望を与えたから、やれるだけはやる。ただそれだけだ」
それを聞いたジェイムは珍しく声を出して笑う。一体何がおかしかったのか。俺のような血も涙もなさそうな男がこんな事を言ったらおかしいのは当然か。
「いや、笑って悪いね。君があまりにも父親に似ていたから、つい笑ってしまった」
「お前、義父と知り合いなのか?」
義父に同じ稼業の知り合いがいるとは知らなかった。そもそも俺がまだ小さいときに剣の指導もそこそこに死んでしまったのだから知る機会もあまりなかった。しかし俺と義父が似ているというのはどういう意味か。血も繋がっていないから顔も全く似ていないし、俺なんかよりもっと涼しい男だったはずだ。
「ああ、私が足を悪くしたせいで到着までは少しかかる。その間に一つ昔話でもしてあげよう」
37話です!
次回(と、もしかしたらその次も)一瞬レイの父親に視点が移ります。ご注意ください。
間が空きがちになってしまっているのでできるだけ急ごうと思っています!
これからもよろしくお願いします!




