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36:皇都ファルスデム

 城塞都市の索敵魔術を破った俺たちは、その日のうちに皇都ファルスデムに入った。陽はほとんど落ちているとはいえ、俺たちの侵入も感づかれているだろう。とはいえ行商人に紛れているのを見つかるよりよっぽどましだ。暗い方が細かい行動も気取られにくいだろうし。


 皇都に入った俺たちが最初にすべきはキャスとの合流だ。情報が何もないこの状況ではキャスがいないことにはどうにもならない。


「どうやらここから歩いて30分ほどの宿に滞在しているようっすね。今日のうちに追加で部屋を取っておいてくれたようなのですぐに泊まれるらしいっすよ」


「微妙にかかるな。いきなり聖人どもが出てくるとは思わないが、周囲を警戒しておいてくれ」


「了解っす」


 ハイネに先導してもらいながら、できるだけ細い路地を選んでキャスのいる宿に向かう。まだまばらに人はいるものの、ほとんどが酒場などで働く者などの一般市民だ。アイラ王都でいう遊撃隊警備班のような見回りはほとんどおらず、逆に不安になるほどだ。


 南の紫色の空の中に、黒々とそびえる建物は神殿だろう。ファルス皇国の交通網などの起点、現在は老朽化のほか、神秘の隠匿のような理由で一般の立ち入りが禁止されているとか。その代わりに建てられた礼拝堂が聖地の役割を肩代わりをしているようだが、どうも【奉神の御剣】の気配は感じない。


 20分程歩いただろうか。しかし景色はほとんど変わらない。理由は簡単、街が綺麗に整備され過ぎているせいだ。家の形も、素材もみんな同じ。白っぽい大きめの石で組まれた直方体の建物が延々並んでおり、地面も石畳が敷き詰められている。


「なあ、城塞都市はまだしも、なんで皇都もこんなに石造りの建物が多いんだ?」


「ファルス皇国の西部、ガーブルグ帝国との国境付近にあるユラモーク山脈では上質な石が多く産出さるのはご存じですよね。ファルマ教は白を聖なる色として大切にしているので、このような街になっているんですよ。地方に行けば行くほど木造建築の割合も増えますよ」


 だから法衣も神殿も白だった訳か。それならばこの均整すぎる街にもさほど違和感を覚えない。やはりこれは互いに言えることなのだろうが、長い間対立関係の続いた両国は情報を漏らすのを極度に嫌がる傾向がある。だからハイネやディナルド、キャスのような斥候の働きが重要になってくるわけだが。


先の革命がディナルドが王都の市民を過小評価したことと俺たちの存在を察知できなかったがために失敗したように、相手に必要以上に情報を与えないことは侵略を防ぐうえで重要ではある。この過剰な隠匿はどちらがより上手く情報の統制・隠蔽ができるか、という情報による戦争にまで発展してしまっている。


「そういえばレイさん、その恰好は少々目立ちますね。カイルさんはまだいいですがさすがに黒が多すぎます。とりあえず今日はいいですが、明日は白を基調とした服に着替えてくださいね」


「替えは同じものしかないし、明日の午前中に買ってきてくれるか?」


「解りました。だいたい同じような服になるように選んできますね」


 言われてみれば時々すれ違う人はみんな服が白っぽい。さすがに法衣を日常的に着ているのは聖職者だけなのだろうが、ここまで白で統一されていると特に夏場は目が眩みそうだ。


 大通りに出ても相変わらず人の数は少ない。だが警邏の兵士はさすがに複数いるようだ。街道や城塞都市で戦った兵士とは違い、斧槍を持っている。法衣もおそらく教会の正式なものではなく動きやすく戦闘向きに改良されたものだ。これは位の差なのかもしれないが、刺繍も金糸から赤のそれになっている。


大通りに出てしまえば宿はすぐで、特に怪しまれることなく済んだ。ロビーでキャスが待っていてくれたおかげで俺とカイルはすぐに部屋に入ることができた。正式な宿泊手続きはハイネにお願いし、俺とカイルはさっさと部屋備え付けの白い寝間着に着替えて元々の服を箪笥に押し込んだ。


「いやぁレイ坊もカイルもなかなか久しぶりじゃないか」


「一月も経ってないだろ、それよりお前仲介人の仕事はいいのかよ」


「大丈夫よ、分身がやってるから」


「はぁ!?」


「レイさん知らなかったんすか? キャスさんは『湖水鏡面』の魔力特性で姿見を触媒に自分の分身を造ることができるんすよ」


 キャスとはかなり長い付き合いだが、そんな話は初耳だ。ということは俺が過去に合っていたキャスの中には、今のように遠出している本体の代わりだったということもありうるわけか。


 しかし『湖水鏡面』で分身とは、妙な魔力特性の使い方をしているものだ。湖水要素についてはよくわからないが、鏡とか、そういう特性を持っている魔術師は基本的に魔術の反射やら変換やら、そういう使い方をするのが定石だ。まさか自分自身を映し出すとは。異端ではあるが、非常に有用だ。


「分身できるんだったら遠出するときも本拠地に残っておいてくれよ。お前がいないとリリィの機嫌が悪いんだ」


「そりゃ無理だレイ坊。複数のあたしを動かすのに、どれだけの集中力と魔力が必要かわかるかい? 仲介の仕事だけで手いっぱいだよ」


 確かに、いくら適性があるとはいえ地味ではあるが大魔術だ。常時多重行使するのは魔力も頭も保たないか。魔術の使い過ぎという感覚は分からないが、緒戦のリリィの様子を見るに苦しいのは明らかだ。魔力欠損は最悪死に至る場合もあるようだし、無茶を言うのはよくないな。


 ノックをしてハイネが入ってくる。正式なチェックインをしてくれたようで、俺とカイルにそれぞれ鍵を渡してくれる。あとでこのキャスの部屋から借りた分の寝間着を返しておかなくては。それぞれ荷物を各自の部屋に置いてくると、明日からの方針を決めるためにキャスの部屋に再集合する。もちろん着替えた寝間着も返した。


「キャスさん、【奉神の御剣】の正確な置き場は分かっているんすか?」


「神殿の最奥部にあるのは確かだよ。それで一度軽く偵察に行ってみたんだけど、なにかおかしいんだ。神殿は見た目通りの大きさじゃない。なんというか、広すぎるんだよ」


 キャスが何を言いたいのかさっぱりわからない。空間の伸張は世界に著しい歪みを生じさせるため、魔術式自体は開発されているのものの発動できない魔術のうちの一つだったはずだ。原理的には実行できるはずだが、世界にそれを拒まれる。死者蘇生などもその類だ。


「おそらくですが、空間接続だと思います。神殿の扉と別のどこかの建物を接続し、内部を擬似的に置換しているのかと」


「いかにもディナルドの奴がやりそうだな、納得だ」


 ということは、場合によっては正攻法で神殿に入っても、最奥部までたどり着けないなんてことがありうるのか。彼らは空間接続で最奥の部屋まで移動できるからそれでも問題ない。閉じられた「どこか」で永遠に彷徨い続ける、そういう事態だって考えられるのだ。


「俺が扉に触るんじゃ駄目なのか?」


「無理だと思います。ディナルドなら、双方が相互に維持する設計にするはず。片方の魔術を解呪したところでもう片方がバックアップしてすぐに復活させてしまうでしょう」


 敵ながらかなり強力な魔術だ。残された時間でどのように彼の神殿を攻略すればいいのか。内部に入らないことにはカイルすら手が出せない。だからといって教皇庁に突貫すれば袋叩きにされて終わりだろう。いくら戦力が増えたとはいえ、閉所かつ怪物揃いの教皇庁など対応したくない。


 皆が黙り込んでしまう。部屋が重苦しい空気に包まれたそのとき、扉をノックする音が聞こえる。


「失礼致します、ジェイム様と名乗る方がご面会にいらっしゃいました。忙しいなら後日来るということでしたが、如何なさいますか?」


 ジェイムと言ったか、今の女給。アーツと取引し逃走したと聞いたが、今更俺たちに何の用だろうか。まさかこんな遠地まで来て俺のことを殺すほど馬鹿ではないだろうし、俺は恨みを買う理由がない。何か話があるみたいだし、話だけでも聞いてやろうか。キャスとカイルも頷いている。


「ああ、通してくれ」


 返事と同時に足音が去っていく。しばらくしてまた足音が近づいてきた。気配消しやがって、嫌な奴。再びのノックに返事をすると、見覚えのある外套の男が入ってきた。


「やあレイ君、久しぶりだね」


大変お待たせ致しました!!

次々回あたりに少し閑話的なものを挟ませていただきます。

遅くなって本当にすみません!できるだけペースを取り戻せるようにがんばります

これからもよろしくお願いします!!

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