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370:最後の情

 雑兵に割く時間はない。襲い来る敵に一瞥もくれずに、悠々と歩みを進める。全ての禁呪と、そして全能感が身体に満ち満ちていた。


「俺の、邪魔をするな」


 禁呪と体を守るために周囲に放った魔力は、異常なまでの変成によって強すぎる気のように周囲を威圧していた。


 これだ、俺が欲していた力は。一つ一つは脆弱だが、しかし集まることで異形のようになったこの力。放つ一撃は既に本来のそれの威力を大幅に超えている。


 そして俺は予見していた。しばらく暴れていれば、きっと誰かが気づくということを。


「見つけたぞ。ここが貴様の墓場だ」


「ああ、君たちは君たちの正義を執行するがいい。だが、君ほどの……『人間』であっても今の俺の前に立つのは勧めないなぁ」


 立ち塞がったのは、【光剣】のイッカ。このところその力が『復古』しているようだが、まだ足りない。格だけならば十分だが。


「元近衛騎士でありながら、貴様ら兄弟はッ! なぜ国に離反する……!?」


 鋭く突き込まれた剣を、鎖で受け止める。いくら聖遺物とはいえ、この鎖はそう簡単には斬れはしない。もっとも、この鎖を斬れる頃には俺に殺されているだろうが。


「俺はハーツとは違うよ」


「やっていることは同じだろう、この王都中に広がった戦火、貴様に責任がないとは言わせんぞ」


 整えた顔が歪みかける。その言葉が、剣よりも鋭く、そして重く突き刺さる。わかっているからこそ痛いのだ。


「この戦いが終わったら、俺は死んでも構わないよ」


 真面目で、直情的で、愚かしくて。俺はこういう眼差しに弱いのだ。だから、ついつい本当のことを言ってしまう。


 自分でも、今命を燃やしていることを感じ取っていた。考えるまでもなく、当たり前のことなのだけれど。


 だから、この戦いが最後になってもいいのだ。彼女を勝たせるという目的さえ果たせば、あとは俺が生きようが死のうが関係ない。倒すべき敵を倒すことができたならば、あとは他になにもいらない。


「だから、今は退いてくれないかな」


 【蒼銀団(アビス・インディゴ)】の下位構成員を寄せ付けないほどの攻勢を見せていたイッカに、変成した魔力をぶつける。


 結果は思った通りだ。混沌を一身に受けたイッカは、一瞬のうちに気を失った。これに耐えられるのは、おそらく【死牙】くらいだろう。


 イッカの脇を通り過ぎて、また先へ向かう。彼女を抱き上げて反対へと去っていくキャスの分身には、振り向かなかった。今の俺を、見て欲しくはなかったから。


 禁呪に体を蝕まれていることは最初からわかっていた。しかし、こんな形で表出するとは。深い切り傷のような紋様が全身を駆け巡り、ついには頬のあたりまで表れてしまっている。こんな呪いを受けたような姿、見せたくはない。


「はは、悲劇のヒーローはかっこいいな、アーツ」


「余裕ぶってろ」


 いつの間にか【蒼銀団(アビス・インディゴ)】の兵が消えていると思えばこれだ。この辺りで来るだろうと予見はしていたが、思った通りとは。むしろ向こうが合わせて来ているような気すらする。


 禁呪で身体が壊れているのはどうやらお互い様、向こうも俺と似た紋様が浮かんでいる。もっとも、ハーツの紋様はしっかりと時計の針のような形をしていたが。


「最後の警告だ、アーツ。この戦いから手を引け。そうすれば国の『形』は残しておいてやろう」


「一応言っておくぞ、兄さん。今すぐにこの国を出ていくならば、命は取らない」


 いつまでも、平行線の会話。互いに考えることは違うが、同じ。これを血は争えないと呼ぶのなら、目の前の男を殺した直後に血を全部抜いて死んだっていい。


「「兄弟としての、最後の情だ」」

次回、371:グラビティ お楽しみに!

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