365:クルーエル・タイラント
彼女は、人間の可能性を信じていたけれど、それでも私は世界の変化に落胆していた。きっと彼女のことだから、間違ったことは言っていないのだろう。けれど。
目の前に横たわる二人を見ると、あまりにもつまらなく感じてしまう。アクベンスとエリアスと言ったか。この二人なら楽しませてくれるかもしれない。そう思ったのに、結果はこれ。
踵を返して、王城へと向かう。もう、この戦争で得るものはないだろうから。
「待……て……」
正直、驚いた。意識を取り戻せるなんて。私の力は、逆転を許さない。少しでも反撃の可能性を作り出すなんて、少し興味深い。
「今度はちゃんと守る。魔を阻む光輝の壁よ、我らを『五度』護れ」
五重の魔力障壁。現代においては特異なものであるが、その守りはあまりにも薄い。でも、試してみる価値はあるだろう。
「『一瞥』」
髪を掻き上げ、その瞳で彼らを貫く。身体ではなく心を砕くこの視線に、ちっぽけな魔力障壁でどれだけ耐えられるか。
「やるな、エリアス。ビクともしねぇ」
「本気の護りだからな」
彼らは、あまりにも愚かだった。やり手に見えるから気付かなかったが、おそろしく愚かだ。
「ふふ、ふふふ。あっはっはっはっは」
久々に、声を上げて笑った。レイくんも面白いけど、彼らは話が違う。純粋に強いのではなく、愚かが故に私に対抗しているのだ。
この二人、おそらく信頼が異様なほどに強い。仲間が障壁で守っているから、自分の本気の障壁だから、攻撃が通じないと思い込んでいるのだ。
そして、それが現実となっている。特殊な障壁でもないのに、私の視線を耐えているのだ。こんなの、笑わずにはいられない。
「その思い込みで、どれだけ耐えられるかしら?」
枷を一つずつ外すように、隠していたものをあらわにしていく。それは、国一つ飲み込んでしまいそうな、大蛇の姿を借りる。
「おい、アクベンス。これって……」
「ああ、特徴が同じだ。この女、『王蛇』の力を持っているのか……?」
どうやら二人とも、これくらいは知っているようだ。アクベンスという男の予想も、あながち間違いではない。
しかし、最も大事なことを違えている。
「相手が蛇の王なら、こっちは……! 闇より出でよ、狼の王よ!」
アクベンスが地に両手をつけ召喚の闇を広げる。この広場全体に広がろうかという大きさ、こちらもなかなかといったところか。
対して、召喚された狼は思った数倍小さかった。しかし発せられる力は並ではない。大規模な術を利用しなければ召喚できないほどの強さを秘めている。
神代において【ノート・オーダー】なんて魔術を使う人間はいなかったが、もし使っていたとして、ここまでできるかどうか。様子を見る限り魔力を全て使ったようだし、渾身の一撃なのだろう。
「でも、甘いわ」
風のような速度で飛んできた狼に手を伸ばす。しっかりと視界に捉えれば、もうこちらのものだ。
「『一瞥』」
狼の動きが急に止まり、そして消えていく。いくら魔力で生み出された傀儡でも、恐怖には逆らえないもの。なんと悲しいことか。
「そろそろ、終わりにしましょう」
彼らは頑張った。が、まだ足りなかった。彼らが私の正体に気付ければ、あるいは。いや、ないだろう。
『王蛇』に気付いたところまでは、悪くなかった。しかし、私がアレの力を借りているとは、笑わせる。
「覚えておきなさい、神に物言う存在がいるということを」
あんな蛇、ただの私の力の搾りかすだ。真に強きは私の存在そのもの。神でさえ、私を前には動けない。
「さようなら、頑張ったあなたたちには特別よ」
本来の力を一瞬だけ解放する。それで、全てが終わる。
思った通り、二人は今度こそ完全に気絶した。私と戦わなければ、いい線いってたかもしれない、なんて考えると悲しい気分になる。
まあ、私とまともに戦える存在なんて、指で数えるくらいしかいないのだけれど。
【死牙】のフラマ、またの名を……『神に並び立つ者』
次回、366:暴食のカンテラ お楽しみに!




