358:血は争う
急に二日間の猶予を与えられたが、急にまとまった休みがあっても、することがない。とりあえずリリィとは話しておきたいが、どうしたものか。
こういう時、どうすればいいのだろうか。本当にリリィに見捨てられているとしたら。俺が使い物にならないと思われているとしたら。それを彼女に告げられて、無事でいられる気がしない。
そして、俺は問題を先送りすることを選択した。自分でもいけないのはわかっている。だが、恐怖が正しさに打ち勝ってしまった。
とにかく、衰えた体を戻そうと庭で刀を構える。いつの間にかこの間の全能感は薄くなってしまっていた。どうにかあの状態に近づけたい。
「レイさんよ、ちょっといいか?」
声をかけてきたのはアクベンスだった。なんというか、意外ではあった。ギルドのしきたりやら因縁について教えてくれたり、好意的ではあったがあくまで必要な時しか話す気がないと思っていた。
応じると、拠点の屋根の上まで連れて行かれる。誰か、というかモルガンに聞かれたくない話でもあるのだろうか。
「あんたは、あの兄弟についてどう思うよ」
アーツとハーツのことか。確かに倒すべき相手の首魁が自分の勢力を率いている人間の兄だと知ったら疑いもするだろう。こういう心配をするようにはあまり思えなかったが。
「モルは言わねぇが、アーツのことを少なからず不安に思ってる。兄が悪いから弟も悪い、なんて言うのは短絡的だってのはわかってるがな。それでも考えずにはいられねぇんだ」
大きく息を吐いて力を抜く。隣でアクベンスが真面目な顔をしているのに、なぜだか力が抜けてしまった。
あくまでギルドは自分たちの正義のために俺たちと協力している。俺たちが彼らの正義と相反する存在ならば、一転して敵対することになる。
実際、俺も現状に不安がある。兄への憎しみをあらわにしたアーツを見ると、これがただの王都を巻き込んだ兄弟喧嘩なんじゃないかと思えてくるときがある。
「似てる部分はあると思う。それは、やっぱり兄弟だからかもしれない」
だから、そう言うしかなかった。二人とも、常軌を逸している。二人とも、冷たい笑顔をする。二人とも、復讐を望んでいる。二人とも、限りなく狡猾で残酷だ。
だけど、とてもよく似ているけれど、同じではない。
「でも、俺はアーツを信じてるよ。何が違うかはうまく言えないけど、そこは明確に違うと思う」
「くく、お前が信じてるかどうか、か。そういうの嫌いじゃないぜ」
アクベンスは器用にバランスを取りながら笑っている。そんなに面白かっただろうか。自分でも苦しい根拠だとは思うが、ここまで笑われるとは思っていなかった。
「アーツについてはわからないがよ、俺はお前を信じるぜ、レイ。話してよかった」
にやりと歯を見せて笑ったアクベンスは、獣のような敏捷さで下階へと降りていく。壁や柱までもが地面になったかのような動きだ。あれは、機会があれば教わりたいものだ。
しかし、「話してよかった」か。きっと、俺がアーツが信じられないと言っても、アクベンスはそう言ったのだろう。少なくとも、俺はそう思いたい。
俺も、逃げてばかりはいられないか。探していた彼女の姿を見つけると、柱や壁を使って庭に飛び降りる。
「やっぱり、教わらねぇとな」
見よう見まねでアクベンスのように動いてみようと思ったが、柱に足をついたところでバランスを崩し、地面に背中から落ちてしまった。
誰も見ていなかったか、あたりを少し見回してから俺は街へと歩き出した。
次回、359:火花、散る お楽しみに!




