34:強襲 2
カイルが血を吐いて倒れる。外傷はないが絶対に放っておいていいダメージではないのは分かる。これこそがハイネの【鏖殺の鎌】の隠された力なのか。
「毅いあなたには分からないかもしれないけどぉ、これが【鏖殺の鎌】の本来の使い方なのぉ。体内に生成した刃で心臓を叩き斬る、【静寂の一刈り】がねぇ」
だからこそのこの代償か。一撃で相手を屠れる必殺の技であるが故の全身出血という重過ぎるデメリット。使う度に命を相手のものと天秤にかけるという点で言えば、これこそ本来の意味での禁呪なのかもしれない。
お互いかなり消耗している今、カイルの心臓が破壊されたことでこちらが完全不利になった。もともと防御、補助系の魔術を得意とする魔力特性持ちのいない俺たちだ、どうにかして救出しなければすぐに死ぬ。
「カイル、もし聞こえてるなら自分に治癒魔術をかけろ。はっきり言って俺はちゃんとお前を助けられる自信がない」
「僕の、残った力は、そんなことには使えないっす……」
息も絶え絶えのカイルがそう言って伸ばした手に握られていたのは通話宝石。満身創痍のその体で魔力を熾してどうにか通話状態を保っている。魔力生成には多少の体力を使う。これではカイルの死期が早まるだけだ。
「やめろッ!このままじゃお前は――」
『ハイネ、私があなたを解き放ってあげる』
リリィの冷たい声が、俺の言葉を遮った。俺の後方に立つ血みどろのハイネは、今までにないほどに幸せそうな顔をしていた。念願のリリィの声が聞けたのだ、嬉しいのも当然だろう。
『あなたの望みを叶える。だから私たちの望みを聞いて』
「リリィちゃん……私のモノになってくれるのぉ?」
『そんなわけないでしょ。その歪みをもたらした、根底にある願いよ』
ハイネの目が見開かれる。もともとかなり開いていたが。俺には何が何だかさっぱり分からないが、リリィの口ぶりからして何かを掴んでいるのだろう。もどかしいが、今俺にできることは何もないのだ。黙って見ているしかない。
「え……。本当……なの?」
『約束する』
俺は耳を疑った。ハイネの口調が、普通の少女のそれになっている。聞き間違いではない。裂けたように笑っていた口も、開かれた瞳も、狂気に侵されているとは思えない。今までみていたハイネは、本来の彼女とは違うのか。
「わかったわ。望みを聞――」
一瞬のことだった。ハイネの斬撃が、俺の心臓を完全に貫いた。正確に言えば斬撃ではない。どういう仕組みか異様に強化された、風圧そのものだ。先程までの安穏な空気はどこへやら、余計に悪い状況になっている。
だが、ハイネの表情というか、顔は先程の狂気に満たされていないそれのままだ。苦しんではいるようだが、まだ正気を保っている。そのハイネがのけぞり、目に入ったのは首につけられた宝石だ。つい先程までただの紅玉だったそれは、今は紅く不吉な輝きを放っている。あの宝石が何かしらの影響を与えていると考えていいだろう。
『ハイネ、何とか言いな……聞いて……の?』
とうとうカイルも限界なのか、魔力供給が切れて通話状態すら保てなくなってしまった。ハイネの前に残されたのは俺だけ。ハイネの「本当の願い」が何なのかは分からないが、カイルの命は俺がもたもたしている間に風前の灯火だ。こうしてしまった責任は、命を賭してでも取らなくてはならない。
冷静に考えることから始めろ、俺。鍵となるのは確実に首の宝石。おそらくハイネの禁呪を最大限に活用する頭を持ったハイネと同じまたは高い立場の遠隔操作に向いた人間。思い当たるのは1人しかいない。ディナルドだ。奴がその千里眼の魔術でこちらを覗き見しながらハイネの身体を操っている。
「聞こえてんだろ、ディナルド。お前の人形が壊れちまう前にさっさと出て来いよ」
「構わん、ならば次だ。ハイネが壊れるからといって、私は攻撃を止めたりはしない」
少女の声でそう告げられる。「次」か。陰湿な男だ。禁呪は死者から抽出することもできる、まだハイネのような操り人形を抱えているのだろう。ならばハイネを壊させてもいいが、どうしても彼女の希望に縋りつくような先程の顔を思い出すとそれも躊躇われる。養父には甘いと叱られそうだが、それでも俺は、使い捨てられる道具のような扱いを受けている人間に、どうにも弱い。俺の手を血で濡らすことで助けられるのなら、助けてやりたいと思ってしまう。ちょうど俺を拾ってくれた養父のように。
「お前はいつか殺す。でも今じゃない」
現在ハイネの身体の支配権は本人ではなくディナルドにある。そして感覚共有魔術を使わない支配のため、視覚の部分は完全にディナルドに依存している。不意打ちとはいえ俺の打撃をもろに貰う程度の動体視力と反射神経だ。命令で動いていた時のハイネより弱いはずだ。
一瞬で背後へと駆け抜ける。遅れて壁や地面に亀裂が入る。予想通りだ。ディナルドが体を動かしているせいで動きを捕捉できず反応も遅い。だが一つ誤算があった。禁呪を構わず使うのだ。自分の身体ではないから、微塵の遠慮もなく。ハイネを助けるのだったら、次の一撃で宝石を破壊するしかない。ハイネと向かい合った状態の俺は、刀を捨ててナイフを取り出す。
全力で首目がけて突き出した、一閃の刃。その切っ先は宝石だけをしっかりと貫いていた。計算通り、俺ができるだけ前のめった状態で手持ちのナイフを突き出せば、ちょうど射程外からの不意打ちになる。【静寂の一刈り】に関してはもう少し長いみたいだが。
ハイネがぐったりと崩れ落ちる。それをナイフを逆手にした右腕で支える。痩せ細っているとは思ったが、異様なほど軽い。カイルと合わせて抱えるとかなり大変だったが、どうにか運ぶことには成功した。しかしまずい、問題はカイルだ。まだ微妙に血が巡っているのは分かるが、肌もかなり青白くなってしまっている。疲労困憊の身体に鞭打って、もはや迷路など知らないと壁を無理矢理破壊しながら司令部に向かっている。
「あと……あと何回砕けばいい……?」
寄ってくる兵士にはとっておきの爆裂魔術を仕込んだ宝石で対応し、司令部に向かって走り続ける。救護兵を脅してカイルとハイネの治療をさせる。これしか二人を助ける方法はない。だが、ハイネは俺から降りようと腕を振りほどこうとする。
「お願い、下ろして、くだ、さい」
「いいから黙って乗ってろよ、傷が開く」
「そうじゃなくて、私が、カイルさんを治します」
立ち止まってカイルとハイネを地面に下ろす。自己犠牲だと勘違いして二人とも殺すところだった。もうほぼ息の無いカイルに、ハイネは手を翳す。
「安らぎと癒しの燐光よ、小さき神の子の命包みて深き過ちを清め給え」
アイラとは少し違う詠唱の最上位治癒魔術、【デミ・エリクサー】。養父が死んでから書庫を漁って読んだ本の中に、「詠唱は魔術式を構築するのに使う常套句のような存在で、概念さえ完璧に整ってしまえばそれが違おうと、何ら影響はない」というような話があった気がする。信仰心の強いファルス皇国ではさっきのハイネのような詠唱が向いているのだろう。
カイルの血色が少しずつ良くなり、うっすら意識も取り戻したようだ。近くの見回りは大方倒してしまったのか、増援は全く来ない。ずっと警戒しているが殺気は全く感じないし、とりあえずカイルにはしっかり休んでもらわなければ。
「強襲」その2、お待たせしました。
明日の更新をもって連続更新はいったん止まります。
長く間の空いてしまう場合は昨日もお知らせしましたが活動報告を使って何かしらの報告させていただきます。
今回もありがとうございました!これからもよろしくお願いします!




