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33:強襲1

 お互いの戦闘に巻き込まれるのを防ぐため、自らハイネに向かって走っていく。後方からは既に銃声が響いてきている。できればカイルの手を借りずに無力化したいが、さすがに少し距離があるため、中距離戦闘では分が悪い。


「どうしてここが分かった。たまたまこの城塞都市にいるなんて偶然、あるわけないよな」


「ディナルドって、私と一緒にいた人いるでしょぉ? あの人ねぇ、『千里眼』……? の魔力特性を持ってるのぉ。だから砦に忍び込もうとしているところを見つけてから、ずっと追いかけてたのぉ」


 まさかそんな前から俺たちの動向が筒抜けだったとは。おそらく先程のアーツの話もこれが原因か。話を聞く限り何かしらの制限があるようだが、王国軍には早く撤退してもらった方がいいかもしれない。だがそれもこれも、まずはハイネを倒してからだ。


 【鏖殺の鎌(インビジブル・デッド)】は正面から打ち合ってまともに闘える禁呪ではない。不可視というアドバンテージと異様なほどのパワーは中、近距離戦では無類の強さを誇る。通路が狭いために避ける場所もなく、このままでは近づけないまま徐々に血と肉を削られていくだけだ。


 禁呪の仕組みも分からない今、下手な動きは致命傷にはならないがかなりの痛手になる。とりあえずハイネを倒し、ディナルドを仕留めないことには進攻もままならない。カイルも狭い通路での戦いでかなり苦戦しているようだし、助けてもらえるとは思わない方がいいだろう。


 ハイネは禁呪で頭がかき混ぜられているようだし、判断能力等は低いと思っていいだろう。真正面からぶつかって勝てないのなら搦め手を使う。何の工夫もない、ただの月並みな発想ではあるが、それしかないのだから仕方ない。


「素は無に還る。円環の如き理の輪の内に入りて滅せよ」


 唱句を唱えて投げたのは透明の水晶。ほぼ頂点に達した陽の光を跳ね返して輝きながらハイネの許に近づいていく。それと同時にハイネの首がゆっくりと直角に曲がり、裂けたような口がにぃ、とつり上がる。ぎょろりと動いた眼が水晶を捉え一瞬のうちに刃で破壊される。


 やはりハイネは論理的な思考が得意ではない。俺の能力は割れているはずなのに、魔術を俺が使うことに全く疑いを持たず、解呪魔術を籠めたと見せかけた宝石を破壊した。飛来した物体に反応したのかもしれないが、それでもハイネは思考能力が正常ではない。


「ねぇお兄さん、リリィちゃんはどこにいるのぉ? そこに隠してるんでしょ? 早く会わせてよぉ」


 俺が水晶を投げたのがトリガーになったのか、ハイネがぺたりぺたりとこちらに近づいてくる。手足の包帯からは既に血が滲み出し、赤い染みを少しずつ広げている。ハイネの周辺の壁や床には広く長い切れ目がいくつも入り、風切り音が絶えず鳴り響く。


 見ることはできないが、ハイネの周りに現れては消える刃の数は尋常ではない。この前の戦闘では魔術で作ってあるのであろう刃によって生まれたつむじ風だけで5㎝程の深さの傷ができた。これではハイネに一撃与える前にこちらがズタズタにされてしまう。


「ハイネ、リリィは後ろにいるぞッ!」


 苦肉の策というやつだ。リリィに執心のハイネなら、俺の嘘に騙されて隙を作ってくれないかと思ったのだ。


「リリィちゃん!?」


すごい勢いで身体ごと振り向く。ダメもとの作戦だったが、どうやらうまくいったようだ。ハイネには悪いが、脳を禁呪に壊されていて助かった。できた一瞬の隙を突き、後頭部を狙って銃弾を放つ。絡繰りも何もない銃弾だが、壊れた身体を徹底的に粉砕するのには十分すぎる。


「嘘、ついたの?」


 驚くほど昏い声とともに、中空の銃弾が完全に消滅する。否、消えたのではない。無数の刃によって形が残らないほどに切り刻まれたのだ。半身でこちらを見るハイネの首は、もう常人のそれではない。直角に首を傾けたままこちらを睨んでいる。


「この、喪失感。悲しいよぉ、許せないよぉ……殺す、殺す、コロスコロスコロスコロスコロスゥゥゥぅゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」


 じわりと左腹に温かい感じがして、下を向く。刺し傷がある。恐らくさっきの一瞬でやられたのだ。刺されたと解ると一気に痛みが押し寄せてくる。修復しようと飛び退ったが既に遅く、見えない刃が全身に突き刺さる。肝心の刃が届かないために吹き飛ばされはしなかったが、のけぞり、地面に倒れる。


 どうにか肩で受け身を取って立ち上がる。このハイネという女、思考力はほぼゼロに近いが、その勘とポテンシャルがそれを補って余りあるほどに突き抜けている。上手いのではなく、疾く、毅い。こうなったら全身膾斬りにされるのを覚悟で突っ込むしかない。貴重な魔導器も入っているためコートを脱いで通路の橋に投げる。身体の後ろに刀を構え斬撃の影響を受けないようにすると、身体を少し落とす。


 駆け出した途端に全身に刃が降り注ぐ。全身――主に身体の全面が中心だが――から血が噴き出す。やはり傷口は例によって5㎝程度。恐らく刃によって空気が刃物と化すのがそのあたりなのだろう。その威力でかなり圧されるが、歯を食いしばり、地を踏みしめ、懸命にそれを耐えて前進する。嵐の中家路に向かうそれと、少し似ている気がした。


 血塗れになりながら走って、やっとハイネの首に巻かれた宝石の埋め込まれた革帯を掴むことができた。この前は着けていなかったが、ちょうどいい把手があって助かった。首輪を掴まれ何を思ったのかは知らないが、斬撃が止む。好機。いままで隠していた右腕を振り上げる。


「じゃあなハイネ」


 噴水の水をそのまま浴びたように、顔も体も大量の血で濡れる。超高密度の斬撃で神経や筋肉の悉くを裂かれた右腕から刀が滑り落ちる。ハイネは首をぐにゃりと曲げて不吉に笑ったままだ。その恐ろしさと右腕の痛みで、もう左手に力を入れることすらできなかった。


 刀を蹴ってハイネから離すと、よろよろと後退しながら全力で右腕を修復する。だがハイネ自身もあれだけ斬撃を放ったせいか、包帯はかなりの部分が紅く染まり、抑えきれずに血が腕から滴り足元から広がっている。


「痛い……なぁ、痛いなぁ。頭もくらくらするよぉ。なんで、なんでかなぁ?」


 ハイネは泣いていた。禍々しい表情のそのまま、目から涙を流していた。その表情は、ハイネのそれ以上に恐ろしく忌々しい何かを俺に感じさせた。例えば聖職や貴人の背後に隠れた汚濁のように、底なし沼に似た深さと黒さを持ったそれだ。


 身が震える。当たり前だが、ハイネは望んで戦っているわけではない。彼女の瞳は死んでいるのではなく、嘆いているのだ。苦しく、血にまみれたこの悪夢のような日々を。


「レイさん!」


 兵士を全員倒したのか、カイルが戻ってくる。さすがに服が焦げ付いたりしているが、目立った外傷はない。戦闘向きではない特性を、ここまでうまく利用できるものか。だがカイルはやはりそれでもハイネとは相性が最悪だ。手で制して少し離れたところで止まらせる。


「奴に銃は効かないと思っていい。魔術の射程が分からないうちは離れていてくれ」


「了解っす」


 ハイネはまだ涙を流しながら恨み言を呟きながら少しずつこちらに向かってくる。右腕の修復が終わっていないうちに襲われれば今度こそ一巻の終わりだ。5㎝程の深さの傷でも数が増えればそれは大剣の一撃に匹敵する。逃げる暇もなく全身を切り刻まれるだろう、次は命はない。


「お兄さん、不可視インビジブルっていうのは、ただ視えないだけじゃないんだよぉ。例えばそれは毒のように、人は視えないと何も気づけない」


 獣のような動きでハイネが動く。俺に向かってではなく、カイルに向かって。器用に壁を蹴り、俺の脇を一瞬で駆け抜けていく。


 まだ修復の終わっていない腕で刀を振るうが、反応が遅れたせいで掠りもしない。面食らったカイルがそれでも反撃するが、何の仕掛けもない銃弾ではハイネにとっては吹けば飛ぶゴミ屑と同じだ。嘲笑うように切り裂かれ、あらぬ方向に破片が飛んでいく。ハイネが、カイルに向かってゆっくり手を伸ばす。


「じゃあね、知らない人」


2話連続と言っておきながら「強襲」はもう一話続きます、申し訳ないです

次話は明日(今日)投稿しますので少々お待ちください


余談ですがファルス皇国の城塞都市はチヴィタ・ディ・バニョレージョという都市をモチーフにしています。私は行ったことはないですが、綺麗なところみたいです


今回もありがとうございました!これからもよろしくお願いします!

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