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331:芽吹く種火4

 キャスリーン様は、目を伏せて首を横に振る。上階に残してきた両親が心配なのだろう。


「行きますよ」


 兄さんが伸ばした手を、キャスリーン様は強く振り払う。


「あんたたち、なんでそんなに冷たいの!? 私はお父様とお母様を見捨てられるほど大人じゃないの!」


 それは、もっともな話だった。親が命の危機に瀕しているのに、それを無視して自分たちだけ逃げてしまおうと提案するなんて、酷い話だ。


 でも、これが俺たちの仕事だ。父さんも、きっとここで死ぬだろう。そしてそうなれば陛下もキャスリーン様の父上、母上も死ぬ。そしてそれは、俺たちには変えられない。


 父さんは言った。近衛騎士は誇りに生きると。時代錯誤で馬鹿な考えだが、誇りのために命を賭けるのだと。


 自らの主を守ることが俺たちの誇りだ。これは父さんに教えられただけで俺自身のものではないけれど、でも持つべきものなのだ。


「キャスリーン様。あなたを、俺たちに守らせてください」


 だから、こう頼むことしかできない。俺の、俺たちの誇りのために守られて欲しいと。俺たちは守護者でありたい。いや、守護者でなければいけないのだ。


 深く頭を下げる。どうか、俺の願いを聞き届けて欲しいと。ここに残れば何もできずにただ死ぬだけだ。


「……わかった。だから、その代わり」


 そこに見えたのは、逡巡か。俺たちを誇りで縛ってしまうことへの。


「いつか、私をこの国の王にして」


 その瞳に宿っていたのは、か細くも輝く意思だった。この国を守るという明確な意思を持った、為政者の目だった。


「「我らが誇りと、命にかけて」」


 こんなもの、ただの真似事だ。むかし父さんの真似をしていた、その延長にすぎない。だか一つだけ違う。


 これは、本物の約束だ。


 壊れた小さな窓枠から飛び出す。それは、俺が抱き続けてきた思いの実現であった。彼女を王座から解放できたらと。


 でもこれは一瞬の夢だ。俺は彼女と、正反対の約束をしてしまったのだから。目覚める頃にはきっと、仕方ないなと受け入れられるくらいには大人になっているだろう。

次回、332:誓う者たち お楽しみに!

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