31:皇都へ
聖遺物がないのはアイラ王国全体としては幸運だが、俺たちにとっては少し困ったことになる。聖遺物の早期回収が目的の俺たちにとっては位置がはっきりしている、最悪正面戦闘の方が都合がいい。
「とりあえずアーツに報告しよう。次の策はそれから考えても遅くない」
カイルがアーツと話している間に、俺はファルス皇国の地図を睨みつける。ファルスはアイラとは違い、ファルマ・ライ大聖堂からある程度放射状、環状に街道が作られている。また大きな街ごとにそれぞれ役割が違っており国の外縁部には城塞都市も多い。守るのであれば、聖遺物はアイラに最も近い都市のあたりに配置するのが良いだろう。
カイルが話を代わってくれと宝石をこちらに向けてくる。なんでも俺の意見が聞きたいとか。
「レイ君はどこに聖遺物があると思う?」
「俺は最北端の農耕都市、もしくはそこに一番近い城塞都市にあると思う。お前はどうなんだよ、アーツ」
「いやぁ俺もそう思うんだけどね? どうやらキャスからの連絡によると教皇は3日前王都に帰ってきたらしいんだよ。そして教皇が帰ってくる前には観測できなかった高密度の魔力が隠しもせずに教皇庁内部に存在しているらしいんだ」
これでほぼ確実に教皇が瞬間移動か空間接続か、そういう魔術を使えるということは分かった。だがしかし、そんなにも分かりやすくもはや挑発にも近い行為、怪しすぎやしないだろうか。
「罠だろ」
「だろうね」
でもね、とアーツは続ける。
「どんなに怪しくても、【奉神の御剣】が確かにそこに『ある』ということは事実なんだ。腹ペコの俺たちは餌があったら喰らいつく、そうでしょ?」
結局半分アーツに押し切られる形で俺たちは教皇庁に向かうことになった。たとえ罠だとしても、曰く針まで呑み込むのが真の腹ペコのやること、らしい。どんなに腹が減っていても俺は釣り針は食わないが、聖遺物に確実に近づくための有効な手段ではある。だからこそ俺も承諾したわけだが。
皇都までは馬で二日はかかる。歩兵を含んだ王国軍がどんなに順調に勝ち続けたとしても一週間程度の猶予はあるだろう。それまでに教皇から【奉神の御剣】を奪取する、絶対に。
「一応砦は迂回して行こう。一度後戻りすることで一時撤退させたと思ってくれるかはわからんが」
もと来た道を引き返し、砦から10㎞程離れてから大きく回って皇都へ向かう。道中には複数の都市があるが、それぞれが独立しているようで全て支配は国だから迂闊に立ち寄れない。一つ一つが狭いために俺たちのような外のものは悪目立ちするからだ。
ほとんどの城塞都市には索敵魔術が施されているため、地図を確認しつつの行軍となる。だが昔から小競り合いの続いているせいで正確な地図がない。アイラ王国はある程度建物が続いているのに対し、ファルス皇国は都市にのみ建物を集中させているため、都市内は正確に描けても、都市と都市の間はどうしても距離や方角がはっきりと分からなくなってしまう。地図を作るのはもっぱら商人だが、用意できたものを見比べるだけでかなりの差がある。
「索敵に引っかかったら大変っすね。目視出来る頃には戦闘になってそうっす」
「ああ、ファルス皇国に砦が少ないのは城塞都市の方が防衛機能が高いかららしいしな。それだけ索敵範囲も広いだろうし。とりあえず地図の共通した空白部分を行こう」
かなりの距離を進み、次第に陽も落ちてきた。地図によればあと数㎞行ったところに手ごろな森があるようだから、休憩はそこでいいだろう。目標到着時刻から逆算するとそろそろアーツとリリィ擁する王国軍本隊は国境を越えたところだろうか。隠密性を重視する為に小部隊に分けて別ルートで進軍しているらしい、それを突かれて襲われなければいいが。
地図は正しかったようで、予定通りに森に辿り着く。火を焚けば煙が出るから干し肉と堅焼きのパンはそのまま食べることにした。もう暗いし滅多なことがない限り見つからないとは思ったが、念のためだ。備えられるだけ備えて損はない。
かなり遠回りなルートになってしまうが、それでも明日の夜には皇都に到着できそうだ。しかしその道中ではどうしても城塞都市の付近を通らなくてはならない。もちろん俺たちのような者対策なのだろうが、どこを通っても推定索敵範囲に引っかかってしまう。戦争が始まってしまった今隊商に紛れての侵入もできない。
「カイル、もし索敵に引っかかったら絶対に王都へは無事に入れないと俺は思う。迂回して防御の薄い地域を経由するか、突破して皇都に突入するか、どっちがいいと思う?」
俺としては前者を推したいところだ。待ち伏せしている兵士たちを蹴散らして皇都に入ればその後も戦闘は避けられないだろうし、教皇庁に辿り着く前に死にそうだ。まだカイルの魔術の全貌もわかっていないし、それで切り抜けられるのであれば後者でもいい、というかその方がいいのだが。
「えーと、僕レイさんやアーツさんほど頭が切れないんで話半分に聞いて欲しいんすけど、城塞都市の機能を一か所止めるっていうのは、ダメっすよね?」
つまりカイルは、俺たち二人で城塞都市を攻略しようと言っている訳か。無謀にも思えるが、俺たちがそれをやるとなればむしろ妙策かもしれない。カイルの魔術で戦闘を避け、司令部を叩く。簡単ではないが、最も早くて安全な方法かもしれない。
「それで行こう。ただし明日はすっからかんになるまで魔力使ってもらうことになるぜ」
カイルは自分の突拍子もないアイデアが受け入れられたことに少し面食らっていたようだが、遅れて頷く。侵入があった際に備えて簡易式の結界を魔導具で展開して毛布にくるまった。
翌朝、目を覚まして懐中時計を確認すると時刻は6時過ぎ。やはり精神が張りつめているからか目覚めも早い。まあこの状況でぐっすり眠っているのもどうかとは思うのだが。結界の撤去など諸々の片づけをしているうちにカイルも起き出す。
「準備してもらっちゃって、申し訳ないっす。ご飯は移動しながらっすか?」
「ああ、そうしよう」
一度森を抜けてから、森に沿って進んでいく。道中はやはり地図に従って進めば何もないようで、たまに環状道路を横断するときに注意が必要なだけでそれを除けばかなり安全な行路だ。誰に出会うこともなく、ただ景色が流れ、太陽が少しづつ動いているのみだった。
「しかし、戦争状態だっていうのに適当な小隊の警邏もないってのはちょいと不用心だと思うんだけどな」
「それだけ城塞都市と教皇庁の守りに自信があるってことすかねぇ」
先程アーツとも連絡を取ってもらったが、敵は聖遺物持ちや例の疑似聖人も現れず、リリィ――やはりこの前少し無理したせいで本調子ではないみたいだが――の支援もあって快勝だったらしい。都市攻略には手間取るだろうが、この調子で行けば突破できるだろうし、聖遺物を引っ込めて俺たちをおびき寄せたのは愚策としか思えない。だがそれと同時に自信の根拠になっている俺たちの知らない切り札に、今日の薄暮の空のような恐怖も覚えている。
俺たちが目指すのは皇都の真北の城塞都市。地平線の先に人工物らしきものが覗いているし、俺たちの接近はもう察知されているだろう。真っ直ぐに突き進んでくる俺たちの様子を見て、彼らが慌てているのかほくそ笑んでいるのかはわからない。だが、後方で次なる攻略戦に向かうアーツとリリィのためにも、今夜中には決着をつけて明日には皇都に入りたい。
「2㎞前方、近接魔術系の小隊と思しき部隊を二つ確認したっす。あれは……正門前っすかね」
双眼鏡片手にカイルが言う。普段なら魔術で対応してもらっているところだが、カイルの魔術は市内に入ってから真価を発揮する。できるだけ会敵を避けるためにもここは無傷で切り抜けたい。
だんだんと豆粒のようだった人がはっきりと見えるようになり、カイルの言う通り小隊を二つ確認することができた。俺たち二人に対しかなりの厚遇だ。
「全滅は狙わなくていい。できるだけ早く市内の路地に身を隠すことだけ考えろ」
「了解っす」
敵との距離が100m程になり、兵士の腕の先に魔法陣が現れるのと同時に馬を飛び降りる。隊列を組んだ2部隊から一斉に魔術が放たれる。
やっと本格的に戦争感出てきたかなと思います。
城塞都市攻略が微妙に長丁場になる気もするので一気に書ければ初の数話同時投稿もできるかなと考えています。それのせいで間が空いたりしないようには気を付けます。
久しぶり?に感想頂けました嬉しい限りです。ちょっとしたことでもいいので書いていただけると作者としてはとっても嬉しいです!
実は今回で本編10万字突破です!まだ動き始めたばかりの物語ではありますが最後まで応援よろしくお願いします!
長くなりましたが今回もありがとうございました!




