326:行くよ
刀を強く握り、全方向に対して警戒する。どこから攻撃が飛んでくるやら。
「いい覚悟だッ! 俺は気に入ったッ!」
左後ろからの拳。どうにか受けることは叶ったが、その一撃で左腕の骨が割れる。力は強そうだと思っていたが、まさか殴ってくるとは思わなかった。
この打撃、刀で受けたら受けたで今度は刀が危ない。だからといってイッカの攻撃もあるから刀も仕舞えないか。
幸い威力こそあるが一撃一撃の間に間隔がかなりある。どうにか回避から反撃に回れるだろう。
しかし、それ以外のメンバーの介入も考慮しなければ。親衛隊は実力こそ確かなようだが、連携に関してはあまり長けていないようだ。
介入が全くないと考えるのは危険だが、あまり高度な連携はないと考えていいだろう。であればもう俺は死んでいるはず。
右頬を掠めた拳を通り過ぎ、素早く柄を鳩尾に叩き込む。致命傷にはならないだろうが、そこそこのダメージは期待できる。
「いい一撃だッ! だが、足りないッ!」
馬鹿な。あれを受けて平気な顔していやがる。並のパワーではないし、同時に並の耐久力ではない。
反撃の右ストレートを避けられるわけもなく、既に割れた左腕を掲げての最後の抵抗も虚しく、俺は炎上する廃墟に打ち込まれる。
熱さを感じるのも一瞬、そこすら突き抜け民家の石壁にぶつかってやっと地面に足がつく。左腕は完全に砕け、しばらくは使い物にならないだろう。
「無様だな、レイ。彼に入れるには少々甘い打撃だ」
人数差、実力差、全てにおいて俺に勝ち目はない。もしそれぞれと順番に戦ったとして、何人倒せるか。
無理だ無理だと言いつつ、それでも俺は刀を握って立ち上がる。殺意の足りない甘い一撃では足りないことはわかった。であればやるべきことは一つだけ。全力で叩き潰せばいい。
柄で足りぬなら刃を使う。片手で足りぬなら両手を使う。一撃で足りぬなら二撃、三撃。決して彼らは絶対的ではない。必ず勝ち目はある。
「全力で殴ったというのに、生きているだけで相当だッ!」
「み、み、見た限り、脳へのダメージも、ほぼないようです……。バケモンでしょ……」
どうやらフードの少年は何かしら人体の状態を把握する魔術を使えるようだ。それにしても、バケモンとは失礼な。どちらかといえばこっちのセリフだ。
次は斬る。あの最大の矛であり盾である筋肉を切りつけ真っ赤に染める。一度入れられたのだ。一度できたのだから再現は可能だ。
これだけダメージを受けて学習してもプラスなのかマイナスなのかわからないが、この男、よくも悪くも愚直だ。攻撃はなんとかいなすことができる。
であれば見極めるべきは、最大威力の大振りが。それがくれば反撃できる。そう、今のように、大きく振りかぶられた全力の一撃。
「ここだ……!」
拳の下をくぐり抜け、攻撃後の無防備な背中に刀を振り下ろす。勝敗はもはや関係ない。これが、死地で搾り出した、最大最後の反撃の一撃だ。
「勇敢、強靭。しかし愚かだ。お前では紛い物にしかなれない」
あの、マスクの女だ。俺の渾身の一撃は、ガラス細工のような女のその繊細な指たった二本で止められてしまった。剣どころか、ナイフの一本も握ったことのないような指で。
「知っているか、勇者と愚者の違いを。私に届く刃があれば、お前も勇者と呼ばれただろうに」
払い除けるように突き放され、再び囲まれる。さすがに、この状況で「防がれたのは危険な一撃だったからだ」なんて考えられるほどに俺は前向きにはなれない。
むしろ、それは危険な一撃は全てあの女に防がれてしまうということだ。これは、なかなかに厳しい。奮い立たせた心が今にもぽっきりと折れてしまいそうだ。
「知らねぇよ、勇者の条件なんて。俺は俺でいい」
ほとんど惰性で立ち上がる。しかし、何かが違う。一瞬前と何かが変わっている。まるで殺意が乱反射しているような感覚。これは……。
「ッ……!」
一斉に親衛隊が飛び退き、彼らがいた地点に鎖が、弾丸が、光柱が、不可視の刃が突き刺さる。
「お久しぶりっす!」
「レイさん、無茶しますね……」
「かっこいいぜ、レイ坊!」
「レイ、早く逃げよう」
さすがにこんなに親衛隊が集まっている様子を異常だと考えたか。何にせよ来てくれて助かった。
「掴まりたまえよ。ほら、行くよ」
差し出された冷たくて無機質な鎖を右手でしっかりと掴む。ただの鎖だというのに、俺にはそれが父の手のように暖かく思えて仕方がなかった。
次回、327:開く炎華 お楽しみに!




