表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/758

30:聖遺物を求めて 2

 結局スパイからはあまり有益な情報は得られなかった。こちらの事情を探るために送り込まれた下っ端で、指示も直属の上司から承ったために教皇庁内部についてはほとんど分からないという。


「しかし、ファルス皇国もなかなかあくどいねぇ。スパイを確実に潜り込ませるために欠員補充要員だけでなく家族まで人質にとるとは」


 どうやら最初に捕まった男は家族を人質に取られており、情報や共犯者の名前を吐いたのが分かった時点でもう一人の、俺が硫酸をかけた男によって皆殺しにされるという。目が死んでいたのに何も言わなかったのは、意地でも家族を守るという覚悟が為した功業だったわけか。


 だがそこまでして俺たちに探りを入れたいものだろうか。戦力的には現在圧倒的にファルス皇国が上回っていると思うが、なぜそこまで貪欲に情報を集めているのだろう。ファルスにはまだ、露呈していない弱点があるのかもしれない。もしかしたら、聖遺物に関しても。


「さて、俺がやって来たわけだしアイラの勝利はほぼ確定したようなものだけど、聖遺物は確実に俺たち特務が入手したい。だからレイ君とカイルには、先にファルス皇国に侵入して、キャスと協力して聖遺物を奪取してほしいんだ。いいよね?」


 笑顔の圧力。いや、アーツに覇気のような鮮烈な存在感はないが、それでも何か、逆らえないと感じさせる何かがある。

 

 まだ疲れが取れていないのを理由に今日一日休めることにはなったが、結局明日からファルス皇国に入ることになった。確かに【奉神の御剣】程の武具を王室や軍が快く俺たちにくれるはずはない。教皇の話している感じからすると『聖人』に準ずる魔力特性を持っていないとその出力に何らかの制約がかかりそうだが、それでもあれは対軍、対人、どちらにおいても最強クラスの聖遺物だ。もちろん正面切っての戦闘においての話だが。


 昨日の戦闘での負傷が原因で戦線を離脱する、と言い訳をしてカイルと二人でオル領中心部まで引き返しそこで宿を取った。俺が昨夜元気に拷問していたのはスパイとその他数名しか知らないし、代わりの人員も来たためにそこまで疑われることはないだろう。


 進軍を開始するのは明日の午後、夜間に皇国最北端の砦付近まで接近し、夜明けとともに攻撃を始めるという。現在聖遺物がどこに保管されているのかは知らないが、明日の夜までには砦に聖遺物があるか否か、確かめなければならない。出発は明朝だろう。


『レイ君、君は絶対直接聖遺物に触っちゃダメだからね』


 通話宝石の向こうから、アーツが念押してくる。【奉神の御剣】を構成しているのは全て純粋な魔力で、俺が触れると魔力を固体化する魔術が解呪され、高密度の魔力の爆発が起こるおそれがあるとか。カイルの試算によれば、魔力爆発が起きた場合、聖遺物を中心に半径500mほどが吹き飛ぶという。砦は楽々落とせるだろうが、俺とカイルを巻き添えにしたうえ聖遺物本体もなくなる。どうせなら教皇の目の前とかでやりたいものだ。


 砦に入るだけならカイル1人だけで行くのがベストだ。だが回収すべきは聖遺物。例の疑似聖人や最悪教皇と戦闘する可能性もある。カイルは市街地などでの中距離戦闘、それも一対多の場合にはかなりの戦力となるが、一騎当千の強者との正面戦闘では空間把握は役に立たないことの方が多い。今回の【奉神の御剣】にしても、いくら魔力砲撃の軌道を読んだところでその強大な力からは逃れられない。


 その点俺は複数人に追い回されるのは大の苦手だが、強力な魔術師が相手ならばその魔術を無効化できる。つまり俺は聖人級の敵兵に遭遇したとき用の保険なのだ。最悪逃げてもいいと言われたし、ある程度気楽に行こう。


 宿で出された夕飯は、やはりマトンだった。俺たちは短期滞在だから構わないが、オルをはじめとする南部の民は毎日羊ばかりで飽きないのだろうか。いやもちろん他の肉も食べるとシーナが言っていたが。


 無理を言って早めに夕飯を作ってもらったおかげで速く床に就くことができた。空はまだ朱いが、出発は早朝になる、穏やかに眠りに落ちていった。




 翌日、まだ陽の昇らないうちに目が覚めた。主人には早朝に出発することを告げてはいたが、わざわざ早起きして朝食を用意してくれていた。果物を砂糖で甘く煮た簡単なものではあったが、そろそろ南部は朝晩の冷え込みが著しくなってくる時期で正直助かった。荷物もほとんどないから支度もすぐに終わり、4時を少し過ぎたあたりで宿を出た。


 前日のうちに借りて厩舎に繋がせてもらっていた馬に乗り、ほどほどに鈍足で市街を抜ける。全力で走ってはさすがに迷惑だ。砦へと続く街道に出ると徐々に速度を上げる。この調子で走れば正午あたりにはファルスの砦に到着するだろうか。


「なあカイル、ファルマ教においての聖人の定義って詳しく知ってるか?」


 この戦争の鍵を握っているのは教皇と【奉神の御剣】、そして謎の疑似聖人だ。聖遺物本体を奪取できたとしても、疑似聖人まだ数人残っていると仮定するとこちらの不利はまだ揺るがない。


 俺は街道での戦闘で『本物』の片鱗を感じた。疑似的なものとはいえ、アレは本当に聖人だったのだ。聖人ではないが司祭とははっきりと違う、そんな感じだ。


「うーん、ファルマ教はほとんど国内のみで信仰されているっすから、詳しくは知らないっすねぇ。ファルマ教じゃないっすけど、ある程度高位の役職に就く人は、皆ある基準を満たした魔力特性を持った人じゃないといけないらしいっすよ。昔どこかで聞いたっす」


「ある基準を満たした魔力特性か。もしかして、魔力特性を無理矢理改変して聖人を作り上げたりできるのかもしれないな」


「魔力特性の改変っすか。アーツさんみたいっすね」


 いまこいつ何と言った? アーツが魔力特性を改変しているなんて俺は初めて聞いたぞ。おかしな男だとは思っていたが、まさかここまでとは。


「まあアーツさんの場合は『変えた』というより『変わった』なんすけどね。度重なる禁呪の会得のせいで今は特性を完全に失ったとか」


「特性ってなくても生きていけるものなんだな」


 まず魔力を持たない俺が言うのもおかしな話だとは思うが、魔力特性は生まれ持ったセンスであり、才能の傾向を示す。ゆえにそれは千差万別で無数に銘があるのだが、名付けるまでにはかなりの数の魔力の試用が必要で時間もかかるため、カイルのように特に変わった特性を持つ者以外は『○○向き』というようにざっくりとした分け方しかしていない。


 だがしかし、魔力特性が示すのはそれだけではない。少しオカルトじみた話ではあるが、魔力特性というのは魔力の指向と同時に、その人の運命も示しているとされている。少なくとも俺はそれを信じている。ゆえに魔力特性は個人のアイデンティティ的一面もあり、それを書き換えるのは自分を他人に変えることと同義、かもしれないのだ。


「だからアーツさんの考えって分かりにくいんすかね。もしかしたら疑似聖人も、本来の自分を失ったせいで特性にのみ引っ張られているのかもしれないっすね」


 ただの推論でしかないが、カイルの考えはあながち間違いではないと思う。置かれた環境や周囲の人間に影響を受けてある程度性格が変わることはあれど、その根底が変わらないように、まっさらな状態ではその根底のみが表に顕現するというのは十分にあり得る話だろう。


 街道を外れ山に入り、森林地帯から砦に近づく。


索敵魔術が展開されていた場合どんなに隠れて奇襲しても無駄だが、場所が分かるのと視認できるのでは情報量が違う。少数ならば警戒も薄いだろうし、何しろ魔力を探知する索敵魔術には俺は引っかからない。索敵と隠蔽・隠密系の魔術は互いに競い合うように進歩を続けてきたために、最高位のものになるともはや使える人間が限られてくる。それこそ魔力特性がそれに傾倒した人のように。


 砦などの城塞は、複数人で魔術の維持、少なくとも起動はしているために個々人の努力で覆せるようなものではない。故に俺たちは隠密魔術を使わない。


「親衛隊の使っていた【神光迷彩】、あれならこの城塞の索敵の目をごまかしたりできるんすかねぇ?」


「あれはどちらかといえば視覚的な隠蔽だと思ったな。殺気や魔力は隠せていなかったが、だいたいの位置は分かっても陽炎の揺らぐような空間の歪曲は見られなかったからな」


「なるほど……でも一対一で奇襲だったら相当強いっすね」


 木の影から砦の様子を窺うが、こちらを警戒しているようには感じない。念のためカイルの魔術で中を覗いてもらう。目を閉じ空間把握範囲を広げていくカイルの顔が、少し怪訝になる。その後少しもしないうちに目を開く。


「聖遺物が、【奉神の御剣】がないっす。砦のどこにも」


更新が「かなり」遅くなってしまい、本当に申し訳ないです。(しかも新章入ったばっかりなのに)

いろいろあってどうにも更新できない状態が続いていました。

夏休みに入ったら一日一話ペースで更新するので許してください。

今回もありがとうございました、これからもよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ