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311:揺れ動く王国2

 しかし、呼ばれてきたとはいえこの空間に俺がいるのはなかなかに気まずいものがある。女もなかなかに美人だから、まるで俺が客みたいだ。


「しかしなぜ俺を? ……お客様」


「もう、そんな他人行儀な呼び方はやめてよね。フラマって呼んでちょうだい」


 そういえば、この女の名前を聞くのは初めてかもしれない。特に気にしていなかったというのもあるが。


 働き始めたときに見せてもらった帳簿には名前が記してあったのを思い出す。適当に一応覚えてはいたが、特に念写などが付いているわけでもなく、顔とセットではなかったから覚えていなかった。


 思えば覚えた名前の中に女の名前は一つしかなかった。まあそうか、この店に来る女などかなりのもの好きだ。二人も三人もいないであろう、さすがに。


「それでフラマ、俺に何の用がおありで?」


「ちょっとお話したかっただけよ、ねえアイリス?」


 そう言ってフラマはアイリスに酒を注がせる。こうするとようやく客と店員という感じがしてくる。どうにも姉妹っぽいのだ。


 よく見るとフラマもかなりの美人だ。髪の色も全然違うし、その他の身体的な特徴で似通ったところも無い。だが、その美しさとフラマの妙な馴れ馴れしさでそう見えるのだ。


 これも仕事のうち、と俺はとにかくフラマの話を聞くことに専念する。別に難しい話というわけでもなく、俺でも対応できてよかった。


 フラマの話は、世間話も世間話といったところで、受付で俺と話していることと内容は大差ない。本当にただここに来るのが楽しいのだろう。


 客の中にはその知識や崇高な政治論を一方的に話し続けるような者もいる。まあそれに笑顔で応対するのが彼女たちの仕事なのだが、俺にはとてもできないと思う。


 そういう客はたいてい政府機関の一端を請け負う貴族とかで、彼らは俺みたいな人間を見ると露骨に嫌な顔をするから面倒だ。すまし顔で無視してくれれば楽なのに。


 フラマの話題はもっぱら『蒼銀団(アビス・インディゴ)』の暗躍に関わることだった。王都のこのあたりにいるとあまり情報も入ってこないが、実は北西部ではかなり暗躍しているらしい。


「あんたもよくここまで来るな。この時間じゃ殺されたり拐かされたりしてもおかしくない気がするが」


「だから君なのよ」


 俺の疑問が嬉しかったのか、フラマはにんまり笑って指を立てる。仕草は先生のようなのに、どうにも信用というか、説得力のようなものがない。


 しかし、だから俺とはどういう意味だろうか。この物騒な時分、そして俺。まさかとは思うが、この女……。


「君を私兵として雇いたいの。どうかしら」


 女の言葉は予想通り、俺をさらなる深みに嵌らせる提案だった。

次回、312:ちょっとした護衛 お楽しみに!

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