296:別れ
教皇の処刑が終わり、この国に俺達の用はなくなった。事前に準備しておいた馬車に乗ってアイラに向かう。みんなはオルで少し遊んで行くと言っていたが、俺はアーツにと一緒に王都に行くことにした。
「挨拶はしたくない、か。君らしいね」
何を以て俺らしいのかはよくわからないが、まあ殺し屋っぽさがあるのは分かる。殺し屋に分かれの挨拶など必要ない。刹那に生きるだなんて言うとかっこよく聞こえるが、要は長く一緒にいられないだけだ。
流れていく景色を眺めながら、彼らと過ごした日々を想う。厳しい戦いが続いたが、それ以上に楽しいこともたくさんあった。
国王暗殺から始まった俺の特務分室での戦い。まさかあれが試験だとは思っていなかった。
王都を揺るがすテロを止め、ファルス皇国を破りニクスロット王国を救った。ガーブルグ帝国で死闘を演じ、再びのファルス皇国で旧き時代の終わりを見届けた。
長い休暇もあったし暇な時間も長かったが、戦い続きだった気がする。俺が戦ったことばかり覚えているからだろうか。
いや、命を懸けたからこそ記憶に残っているのだ。命を棄てる覚悟で臨んだからこそそこに価値を見出せるのだ。
それも、これでおしまいだ。俺だってこの生活を手放したくなかったが、もう戦いたくても戦えないのだ。
アーツは珍しく優しいことを言ってくれたが、それには応えられそうにない。もう一度俺が立ち上がれる気がしないのだ。
俺は、一生刀を握れずに生きていく。それなのにアーツの言葉にすがって武器を捨てられない自分がとても弱く思えた。
超特急で飛ばしたため、二度の乗り換えを経てすぐに王都に辿り着いた。とりあえず医者のところへ行くことを話すと、荷物はそこに送ってもらえることになった。
「じゃあ、世話になったな」
「そうだね。いってらっしゃい」
どうにも母親っぽいアーツに見送られて、特務分室を後にする。出て行ってしまえば、もう戻る気はしなかった。何をしようともう今更だ。すべてが手遅れなのだから。
訣別の刻だ。これから俺はただ一人の市民となる。望んだ形ではなかったが、やっと普通に生きることができるのだ。
この時の俺にはまだ、アイラ王国に訪れる大きな嵐に気付くことができていなかった。
次回から、新章EX:王国変革前夜 へ突入します! お楽しみに!




