27:白き神光
魔法の衝突と同時に俺が飛び出す。リリィが耐えられるのはさっきの様子を見る限りせいぜい30秒。それまでに確実に敵陣までたどり着き、斬る。身体補強を全開にした俺の身体は風よりも素早く街道のほぼ中心を駆けていく。
今までついた勢いを全て殺すように右足を地面に突き立てる。ある程度整備された地面が砕け、抉れ、俺の骨には爪先から膝の下あたりまでヒビが入る。さすがに男もこれは予想していなかったようで、すぐさま聖遺物の砲撃を止め、俺に向き直る。砲撃の間に斬りつけるのには失敗したが、接近戦に持ち込むのには成功した。
横目でちらとリリィの方を見ると、またうずくまってしまってはいるが、さっきのような負担はかけずに済んだようだ。ならば俺は目前のこの男を斬ることだけ考えればいい。
件の聖遺物、確かに遠距離戦では魔法と同程度の威力を発揮する強力な武装だが、本体自体は刃のない短剣だ。悲鳴を上げる右脚に鞭打って、着いた足のまま直接踏み出す。間合いは十分、神速の刃が風を切る。
耳を引き裂くような金属音。男の刃と同じ白銀の火花が飛び散る。できる限り不意を突いたつもりだったが、さすがに英雄と呼ばれる立場の人間だけある。接近戦とはいえ大振りの一撃だと受けられてしまうか。
「そういうことですか。確か貴方は魔術を消す異能の持ち主。貴方が接近戦に持ち込んでしまえば私はアイラ軍に攻撃ができない。ですがこの【奉神の御剣】が砲撃用の聖遺物だと思ったら大間違いです」
魔力が噴き上がるような気配を感じ、咄嗟に身を引く。先程の砲撃とは比べ物にならないほど細い、白く輝く魔力の塊が刃のように伸びる。超高密度の魔力で作られた刃、魔力刃という術を使う古代の魔術師について聞いたことがあるが、刀身を構成するのに必要な魔力が膨大すぎるうえ、魔力を金属同様の硬さまで固めるのにかなりの制御能力が必要になってくる。高密度の魔力ゆえ、暴発すればかなりの確率で死ぬからだ。
振りかざされた剣を受け流そうと刀を中段に構えるが、さっきまでの砲撃を思い出して構えを解き、振り下ろされる刃をギリギリで避ける。白い刃はやはり地面を侵食し、形そのままに穴が空いた。
「残念です、気付かれてしまうとは。これは大規模破壊武装でありながら、同時に剣士殺しの剣でもあります。私と相対する者は私と打ち合うことができないのですから」
純粋な魔力というのは、ある程度の密度になると物質を侵食する。もちろん侵食の効果を持った魔術も存在するが、速度が比べ物にならない。だが魔力を礎にした技である以上、俺の能力は通用するはずだ。
地面を侵食した剣が、横薙ぎにこちらへと向かってくる。回避で少々崩れた体勢をまだ痛む右脚でどうにか立て直し、左手で刃に触れる。同時に右腕の刀を矢のように引き、突撃を図る。
だが肝心の刃は俺が触れた部分から先しか消えず、根元の部分から俺の手までのそれは、少しも揺らがず剣としての役割を保っていた。これでは突きを放っても俺の刀のみが侵食されてしまう。袖を肘より上まですっぱり裂かれながら、お互い一撃も与えられずに向かい合う。
「なるほど、貴方が先遣隊を叩きのめした人ですか。彼らに聞いた話では、無詠唱で魔術を消すとか。どうやら【奉神の御剣】には効果が薄いようですが」
「離脱を優先したとはいえ、あれだけやってまだ生きてるのかよ」
どうやら俺の能力は聖遺物関係に弱いみたいだ。イッカの【神聖の光剣】も然り、この男の【奉神の御剣】も然り、俺の能力が限定的にしか発動しない。【観測者の義眼】では試したことがないが、今度機会があったらやってみよう。
お互い攻めあぐねているせいで、完全に拮抗状態に陥ってしまった。剣士としての腕は標準以下だが、本人の言う通り剣の効果が厄介すぎる。完全消去不可能なうえ、物質を侵食する、確かに剣士殺しと呼ばれるだけはある。打倒するにはどうにかして光の剣戟を抜けなければならない。
俺はコートの前を右手で持ち上げると、長年愛用している中折れ式の単発銃を取り出す。両手で武器を持っていても大丈夫なように、右肩のすぐ下あたりに縫い付けてある弾丸を咥えて引っ張り出して銃身に落とす。
瞬時に男は剣を構え、俺の銃撃に備える。ぶつぶつと何か唱えている。なけなしの物理保護だろうか。だが俺の放った弾丸は、そんな生半可な物理保護も、魔力の剣も造作なく貫通する対魔術専用のアダマンタイト弾だ。
「うッ……!」
【奉神の御剣】には掠りもしなかったが、肝心の男本人には命中した。さすがに狙撃用の弾というだけあって男の右肩をあっさり貫通し、後ろの兵士にまで当たる。貴重な一発だったが、兵士の身体は貫通しなかったようで、弾を抜いて捨てているし、後で回収できるだろう。男はたったの一発喰らっただけだというのに、鬼のような形相でこちらを睨みつけている。
「私に……聖人たるこの私に、穢れた鉄を触れさせたなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
男の全身から、衝撃波のように魔力が溢れ出る。魔力量が群を抜いている者にのみ許される戦い方、魔力放出。魔力を体内で循環させないことで、最大効率で身体に負担をかけず魔術行使ができる。もっとも、無駄が多いこのやり方を取る人はそうそういないが。
「悪魔の使いめ、神威なる裁きを受けるがいいッ!」
さっき男は『聖人』と言ったか。信者の中でも、さらに徳の高い者に与えられる称号。皇国では【魔弾】の詠唱句にもあるように魔力をかなり神聖視しているし、それを弾き返すアダマンタイトは触れたくないものの一つなのだろう。
台風の只中にいるように、暴風のような魔力が吹き荒れている。魔力刃も、その形を保つことができなくなり、柄から白い炎が噴き出ているようにしか見えない。しかし、怒っているのは分かるが、なぜ魔術の効かない俺相手に魔力放出まで使うのか。
それに、この魔力量は異常だ。いくら魔力生成効率を最大に近いところまで引き上げているとはいえ、如何せん多すぎる。リリィを基準に考えるのもおかしな話だが、この男の放出している魔力は普段のリリィを軽く上回っている。総量で言えばリリィには遠く及ばないだろうが、突発的なものであればそれは違ってくる。だとしてもおかしいのだ。
「お前、魔力増幅改造をしたな」
いくら何でも効率が良すぎるのだ、こいつの身体は。人が人である限り、特に魔術系統に関しては超えられない限界が存在する。それを、こいつは超えたのだ。超えてはいけない人間の壁を。
「解っていないようだな。私は聖人、そのような理に反する行為は誓ってしない。これは全て、我らが至高なる主より賜りしこの剣のおかげッ! お前のような浅ましい考えで、私の信心を貶めるなッ!」
男の目は見開かれ、瞳孔は狭まりその焦点は微妙に合っていない。聖遺物使用による悪影響を受けているとしか考えられない。聖遺物にしろ術式にしろ、限界を超えるのに副作用は避けられないということか。
「天穿つ神威の閃光よ、我が命に応じ邪悪なる異教徒を殲滅せよ」
男が揺らめく剣を地面に突き立てる。鍔が引っかかるところまで埋め込むと、天を仰いで両手を大きく開く。訳が分からない。
魔力の奔流の中、地面の微かな揺れを感じ身構えると、男を中心とした放射状に、刃と同じ魔力でできた光槍が地面から飛び出てくる。こうすることで攻撃を俺に妨害されずに一般兵を殲滅することができるのか。
しかしこの男、自軍の兵士まで巻き込んでいる。本人は半ば理性を失っているようにも見受けられるし、自軍の損害など考えられないのかもしれない。俺自身にはこの光槍は通じないが、このままでは後ろに控えた部隊が壊滅するのも時間の問題だ。
高笑いする男の魔力放出はさらに強さを増し、ちょっとやそっとでは近づけなさそうだ。どうにかして聖遺物の力を停止させなければ。
「ふははは、聖人たる私は既に無敵! お前のような薄汚いガキなど、そこらに転がる石にも満たんッ!」
遅くなって本ッ当に申し訳ございません!
なんだか最近一話当たりの話の進みがゆっくりになっている気がします。
一話から順に改稿作業も進めております。完了したらまた報告しますが気になったら見ていただけると嬉しいです。
次話の投稿は早くしたいなあ、と思ってはおります。
これからもよろしくお願いします!ありがとうございました!




