281:神話顕現聖域4
少女に接近するほど攻撃は勢いを増す。エネルギーの集積である黒雲の中心部なのだから当然か。
だんだんと増えてくる防御から逃れる攻撃。それらは強く箱舟を打ち、削り溶かそうとしてくる。既に護りの疎かな部分から、少しずつ崩壊し始めている。
本当だったら水の神が乗っていてこれくらい掃ってくれるのだろうが、そうもいかない。グラシールには悪いが船を犠牲にしてでも俺を届けてもらわなければ。
少しずつ、完全な、透き通るような船体が傷ついていく。雷が船体を撫でる度に、亀裂が入りパラパラと破片が零れていく。
大丈夫だと分かっていても、やはり不安なものは不安だ。もし途中で大破してしまったらと思わないことはできない。
「ご安心ください。貴方は私が絶対に、命を賭してお守りします」
俺の不安を読み取ったのか、ミュラが声をかけてくれる。俺も守るだのと偉そうなことを言ったのはいいが、それを全く実行できていない。
完全にこれは言い訳だが、ミュラは人を護るのが上手いのだ。飛来する攻撃を正確に見切り、選択し、的確に防ぐ。人を護ることに関して彼女を超える上手は滅多にいないはずだ。
俺には人の急所は分かっても攻撃の方向はわからない。自分を守ることと人を護ることは大きく違うのだということを思い知らされる。
でも、俺もミュラを護りたい。あの少女にできるだけ早く辿り着いて、この戦闘を早く終わらせる。それが、俺にできる人の護り方だ。
『そろそろ突っ込むぞ!』
グラシールの声と同時に走り出す。二又に分かれた艦首の右側に向かって全速力で走る。極限まで強化された身体はびっくりするほど速く氷の甲板を駆けた。
もうそろそろ少女の真下に艦首が到達してしまうのではないかというところで、グラシールが機関室から飛び出す。
「■■■■!」
古代魔法言語による詠唱。地面が一瞬ぐらりと揺れたかと思うと、激しい衝撃と共に箱舟がせり上がった。
それでも俺は走り続ける。何が起こっても、俺はあそこに辿り着かなければいけないのだから。
箱舟が傾いた原因は、グラシールの魔法だった。箱舟の進行方向に氷で斜面を生成したのだ。さすがは神代随一の氷魔法の使い手だ。ヴィアージュの部屋でかなり力も戻ったのだろう。
「俺とカイルはここで離脱する。もう機関室が持たねえ。後はお前らだけでなんとかしろ」
グラシールがカイルを連れて城へと戻っていく。雷をかなり機関室で受けていてくれたようだ。これ以上は彼らが危険だ。
俺は並走するミュラと共に艦の先端を目指していた。ミュラのおかげでどうにか速度を緩めることなく走ることができる。
先へ。先へ。先へ。既に矛先を向けた箱舟の先へ。あの先端まで辿り着けば、戦いは終わる。
「■■■■■■■■■───!」
降りそそぐ無慈悲な一撃。慈悲はないが、そこには確かに憎しみか苦しみの色が見えた。
「零点展開……!」
教皇の寿命まで─────あと134時間
次回、282:神話顕現聖域5 お楽しみに!




