表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/758

26:進攻開始

 郊外での一日は、館にいるよりずっと心地よく、落ち着いたものだった。宿の老婆は来客を喜び、宿泊だけでなく、観光案内の手続きまで何も言わぬ間に済ませてくれた。特筆して珍しいものはなかったが、羊の牧場でリリィが羊たちに同化していたり、酒場でカイルが常連の女性集団に連れていかれそうになったりと、なかなかに楽しめた。


 いくら楽しくても、遊べばそれなりに疲れるわけで、俺たちは居づらさはあるが領主の館でのんびりしていた。リリィはメイドが気に入ったようで、領主に頼んでずっと部屋に居座らせている。名前はシーナというらしい。3つくらい差がありそうだが、やはり歳の近い同性というのは親しみやすいのだろう。


「ねぇ、シーナに私たちの家で働いてもらうのって、ダメかな?」


 急にリリィが突拍子もないことを言い出す。そこまでシーナが気に入ったのか。シーナのような明るく快活な子がいてくれるとリリィにもいい影響がありそうだが、この無垢な少女を国の闇の只中に引きずり込んでいいものなのか。否だ。


「シーナをそこまで深く巻き込むのには賛成できないな。俺たちがシーナを招き入れた瞬間、俺たちが敵に回しているもの全てが、シーナの敵になる。お前もシーナを危ない目には遭わせたくないだろう」


理解してくれたのか、少し顔を曇らせながらも頷く。自分が何を背負っているのか、それが周りに与える影響がどれほどのものなのか、まだ完全に理解できていない。幼く無垢な心に死臭に塗れた現実を押し付けるのは残酷だと思うが、俺はそれ以外の解決法を知らない。


「悪いな。俺もシーナやリリィが憎いわけじゃないんだ。今の俺たちだと、シーナに迷惑をかけちまう、それだけなんだ。だから、いつか戦わなくて済む世界が作れたら、その時はシーナ存分にシーナと遊ぼう」


 残酷な言い訳だ。人間がこの世に在り続ける限り、争いは消えない。たとえ俺たちが世界のすべてを統一できたとして、それでも争いはなくならない。そんな世界はきっと、作れない。それでも、目の前の少女が戦いから遠ざかった生き方ができるなら、それはとても良いことだと思うのだ。


 できれば少女であるうちに、なんて願うのは都合が良すぎるだろう。数年で、世界を大きく変えられるものか。それでも、そうであればどれだけ良いだろうとは思わずにはいられない。俺のように、現実にどっぷりと浸かって人間らしさのふやけかけた人間にはなってほしくない。


「わかった。いつかシーナと遊べるような世界を、造る。レイと一緒に。シーナ、ごめんね。無理言っちゃって」


 リリィの言葉に、シーナは涙まで流している。詳しいことは話していなかったが、俺たちがどんな立場の人間なのか、俺たちが何を背負っているのか、だいたいを理解してしまったのだろう。


「謝らなくていいの、リリィちゃん。私、待ってるね、私もずっとお屋敷勤めでリリィちゃんみたいな友達いなかったから。でも、たまには遊びに来てくれると嬉しいな」


「うん。絶対また来るね」


 事あるごとにメイド目当てで押し掛けられては領主も迷惑だろうが、子供のわがままをこれくらいは、聞いてやってほしい。領主も人の好さそうな老人だったし、これくらいは理解してくれるだろう。聞けば革命もオルを含めた数州は、軍部の独断専行だったようだし。


 一度吹っ切れてしまえばリリィとシーナの切り替えは早かった。別れる前にできるだけ遊んでおこうと物置から双六やらチェス盤なんかを引っ張り出してこれでもかと遊び倒していた。


 領主も怒ることなく、むしろ微笑ましげに少女の遊ぶ様子を眺めていてくれて助かった。なんでも息子家族は東国へ交易の交渉と見分を広げる目的で長い間出掛けてしまっているため寂しさもあったのだとか。


 話を聞いていたカイルがこっそりアーツと話をつけていてくれたらしく、相談の末、シーナが万が一敵組織に情報提供を求められた際には全部開示することを約束させた上でならば文通も許可してくれるようだ。


 シーナは二つ返事で約束を飲んだ。開示する罪悪感は、手紙の中に機密を書き込まなければ発生しない。シーナが敵に迫られるような事態は、起こらないのが一番だが。


 楽しい時間とはすぐに過ぎていくもので、ファルスへ発つ日はすぐに訪れた。しかし二人の少女の目には悲涙などなく、俺が与えてしまった希望で、少しだけ輝いていた。いつか、笑い合える日までと。


 今になって、俺は少し後悔している。うっかり希望を口にしてしまった。リリィが、かつての俺みたいに見えたから。でも、明るく美しい理想は、暗い現実にいるものにはただ眩しいだけの熱線にしかなりかねない。苔が陽に当たれば枯れてしまうように、理想の眩しさに焼かれてしまわないか、それが心配だった。


 だからといって、この少女の希望を今この場で叩き折ることはできなかった。望みもなく摩耗していく様を見ることはできなかった。だから、俺もできることをしよう。


「まずは、ファルス皇国か」


 ◇◇◇


 殿を、貴族用の馬車で戦場に向かう。最終的に先頭に立つのは俺たちだというのに戦闘時を除けば特別待遇してくる。戦死の確定している兵士には勲章やらが与えられるというし、そういう扱いなのだろう。対ファルス皇国の最初の一歩は、まずオル・バル砦まで後退した防衛線を国境まで戻すことだ。進攻しようにもまずは一時的にでも奪われてしまった領土を取り返さなければ始まらない。


「前回僕たちはもう前線に立っちゃってるっすから、ファルス側も何か切り札を切ってきそうっすね。僕たちの出番はなさそうっす」


「ああ、今回は指揮官側にもちゃんと話は通ってるし、リリィに力押ししてもらうことになっちまいそうだな」


 リリィはそれくらい余裕、といった顔で澄ましてみせているが、それでも不安が拭いきれたわけではない。相手に俺たちの存在を感付かれてしまっている以上、ハイネやハイネの同僚の男などから情報が洩れている可能性は十分にある。対策されている場合を考えて損はない。


 馬車の速度がだんだん遅くなっていき、停止する。とうとう到着したのか、オル・バル砦に。現在砦は接収同然の状況だが、一国を攻略する予定の大軍は入りきらない。中にはほとんど手を付けられずにいるらしい。


「砦半壊させちまってもいいってお達しだし、思いっきりやっちまえよ」


隊列の中心に開けられた隙間を歩いていく。周りの兵士たちの視線が痒い。注目を浴びるのは好ましくないし、もう少し地味な登場にしてほしかったものだ。俺とカイルは何もしない訳だし。


 眼前に広がる数千の法衣の兵士たち。それらすべてを消し飛ばそうと、リリィに魔力が集中していく。何千、何万の兵士をかき集めようと、圧倒的な力を持った一人には絶対に敵わない。その壊滅的な惨殺の力は、この魔術戦争時代を支配する、特異な力を持った者たちの象徴のようだった。


「私が……変える……っ!」


 神々しいまでの光の柱がファルス皇国軍に迸る。その圧は、魔力を持たず、魔術を使えない俺にもそれが十把一絡げの魔術では防げないことが簡単に分かった。速度自体は大したことはないが、もう彼らは不可避。光の奔流に呑み込まれるしかない。自軍の兵士たちが衝撃波に備えて魔力障壁を展開する。


 光った。


 ファルス皇国軍の、その最後尾から光が噴きあがる。最初は細い一閃だったそれは、徐々に太さを増していき、リリィの魔法と同程度の質量を持った魔力の塊となって拮抗する。光と光の衝突点は、その眩しさが飽和し一種の異空間のようになってしまっている。


 リリィの身体が発熱し始めている。リリィの幼い身体で魔力を大量に通せば相応の負担がかかる。リリィの無尽蔵の魔力を持つ特異体質、これにまだ身体が追いつけていないのだろう。


「止めろリリィッ!」


 咄嗟にリリィの腕に触れ、魔力の流れを阻害して魔法を強制解除させる。ファルス皇国軍側から伸びた光の柱が天を突き、雲を割って消えていく。


「ダメ、ここで引いたらシーナといられる世界は造れない」


 魔法の行使を中止したおかげで体温の上昇は抑えられているが、顔は真っ赤で息も荒い。まるで病床の子供のようだ。やっぱりシーナとの約束の為に無理をしていたのか。


「いくら敵を倒せても、お前が死んだら元も子もないだろ。シーナとの約束を守りたいなら、絶対に死んじゃいけない。ここで負けても、生きてりゃ次にかつチャンスはある。死んだら『次』はないんだ。とりあえず自分の命を最優先にしろ」


「……うん。でも、やれる限りは戦わせて」


 呼吸を無理矢理整えて背筋を伸ばすリリィの瞳には、今までに見たことのない意志がちらりと光ったように見えた。その視線が貫く先は、数千の軍のその奥の奥。謎の光を放った何者かに向けられている。密集陣形のその間を号令一つで開き、それは歩いてくる。


 男だ。周りの兵士たちより法衣の装飾が細かく、そして金糸で縫われている。一般兵が助祭であるとすれば、男は司教といったところか。男も魔術師としてそれなりに優秀そうだが、リリィには遠く及ばない。さっきの力の出所は、その右手に握られた剣だろう。


 法衣と同じ純白の剣だ。不思議なことに刀身に当たる部分は短い長方形で、びっしりと銀色の文字が書かれている。鍔の部分は細長く、そして曲線を描く飴細工のようなものが柄に絡みつくようにしてできている。俺ももう何度か見てきたから感覚でわかる。あれは聖遺物だ。おそらくファルス皇国の国教、ファルマ教の。


 魔術戦争で輝くのは兵士の数でも優れた戦略でもなく、ただただ英雄だと言われてきたが、俺の目の前で、その『英雄』と呼ばれる者が対峙しているのだ。俺は英雄でもなんでもない、むしろ一人の兵士としては数にも入れてもらえないような弱者だ。それでも、リリィの約束のため、ここを乗り越えなければならない。


 まだ足元が少し覚束ないリリィを支え、刀を引き抜く。再びリリィが魔力を錬成し、男が聖遺物を掲げる。視界が塗りつぶされるような閃光とともに、大質量の魔力が激突した。


今回でやっと目的がちょっとだけはっきりしてきたかなーなんて思います。

前回お伝えした通りペースをゆっくりにさせていただきます。Twitterも低浮上です(多分)。

人物紹介等のこまごましたことをこのタイミングでやらせていただくので是非チェックしていただけたらと思います。

次話まで少々お待ちください。今回もありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] リリィさんに希望を持たせてしまったレイさんの複雑な気持ち、そして頑張るリリィさんの姿に、読んでいて私まで複雑な気持ちになりました(;´・ω・)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ