271:再興の市
街はほんの少しだけ以前の活気を取り戻していた。先の戦いで俺がたくさん殺したのと、今回の騒動のせいでかなり人口は減ってしまったが。
生き残った住民が一つの区画に集まり、商売や勉強を協力して始めたようだ。
もともと皇都はかなり人口が多かったから、数がかなり減った今でもこうして再興が成り立つのだろう。これが農村などであればそうはいかない。
「そういえば、この国ってお肉食べないんだっけ」
リリィが死んだような目をして尋ねてくる。確かにあたりを見回しても肉の類は見つからない。加えて内陸国のファルスでは川魚しか獲れないし、その魚もこの騒動で出回っていないのか。
これではリリィが満足するしない以前に、皇都の人たちが危ないのではないだろうか。卵はあるようだが、それだけではすぐに尽きてしまうだろう。
「お姉ちゃん、お肉が食べたいの?」
俺達に話しかけてきたのは、幼い少女だった。手には様々な種類の干し肉や燻製が抱えられていた。
確かファルマ教では肉食をしないのではなかったか。まさか教典を順守する儀式魔術を破っていたというのか。
「神の祝祭の日に限り、ファルマ教の民にも肉を食べることが許されます。おそらくあれらはその日のために備蓄していたものでしょう」
なるほど、完全に肉を食べてはいけないのではないのか。しかし、これでは少女たちの肉がなくなってしまうのではないか。顔を上げると少女の両親らしい人と目が合う。
どうやら彼らも娘の行為を把握、そして許容しているようだ。であればありがたく受け取っておくこととしよう。
「本当にいいの? 私が食べていいの?」
「うん! お姉ちゃんたちが助けてくれたから、そのお礼なの!」
リリィは肉の山を受け取ると、いくつか食べてから俺とミュラにも分けてくれる。薄味だが旨味の出る肉だ。これはこれで焼いたり煮たりした肉とは違う良さがある。
様子を見ていた街の人々が、俺達が飢えているのかと勘違いしたのか次々に食べ物を持ってくる。リリィは満足するからありがたいが、ミュラは少し気圧されているようだ。
「悪いな、こんなことになっちまって」
「いいえ、むしろ私は感動しているのです。儀式魔術が無効化された今も、戒律ではなく心が生きている。他を尊ぶ心は死んでいない。いえ、むしろあの頃よりも」
ミュラの手が進んでいないのは、そういう理由だったのか。心を縛り戒律だけを強制していたあのころとは違う。そのことに感動しているのか。
「私も、あなた方のおかげで洗脳から脱しました。こうして、目覚めてすぐに人の良心を見られるのは嬉しいものです」
「教皇に頼まれただけだ。何も礼を言うほどのことじゃない」
俺は確かに見た。ミュラの口角が少しだけ上がり、頬がうっすら紅く染まっていたのを。
何もかも白く漂白されているのかと思ったが、そうではなかったのだ。ただ人より少し色が分かりにくいだけ。その仄かな紅は、俺が彼女に見た最初の色だった。
教皇の寿命まで─────あと162時間
次回、272:領域外侵食 お楽しみに!




