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267:少女の行方

 少女は消えてしまった。陽光を跳ね返す黒い液体に呑まれて。


 あれが死、消滅であればいい。しかし、そうは見えなかった。どちらかと言えば未知の攻撃を受けたために一度撤退したというのが自然だ。


 俺だってそうする。もし即時離脱できるような手段があればの話だが。どれくらい魔力を消費するのかはわからないが、敵の戦力を知りつつ少しずつ戦えるのであればそれに越したことはない。


 振り向けば、特にハイネの消耗が激しかった。もともと人間相手に一撃必殺の暗殺をするのが得意な禁呪だ。土塊との勝負はなかなかに厳しいものがあるだろう。


「大丈夫か?」


「すみません、肋骨が割れてるか折れてるかって感じですね。一撃しっかり貰ってしまいました」


 表情からして折れている。魔力もほとんど感じないし、もう自分を治癒するほどの余裕がないのだろう。


 ハイネを背負うと皇都に向かって歩く。俺も斬られた右脚が痛むがハイネほどではない。この様子を見てキャスが迎えに来てくれるだろうし、それはまでは俺がハイネに楽をさせてやろう。


「俺は背負ってくれないのかい?」


 少しからかうようにアーツが言う。魔力回路を破損しているらしいが、運動機能に全く問題はないはずだ。まあ冗談なのはわかっているが。


「残念ながら定員オーバーだ。首根っこ掴んで引き摺ってやろうか?」


「それは嫌だなぁ。手厚い看護はやっぱり女の子の特権だね」


 適当なことを言いながらアーツは先に歩いていく。やっぱり余裕じゃないか。少しだけ心配してしまって損した。


「あっ、すみません……!」


 ぽたり、と俺の首筋に温かい液体が垂れる。自分のものかと思って気にしていなかったのだが、ハイネから血が零れていた。


背負っているから見ることはできないが、おそらく傷口は額のあたり。禁呪を正常化させた後もしばらく残っていた傷のうちの一つだ。


「まさか、【鏖殺のインビジブル・デッド】を使ったのか?」


「すみません、そちらに切り替えないと対応しきれなくて」


 確かに心臓を斬り潰すだけの威力では、土塊に対応するにも限度があるだろう。それだけの量の魔術を相手にしていたということか。


「大丈夫です、ほんの少し傷口が開いただけなので。この程度ならすぐ治ります」


 それはわかっている。だが、禁呪による傷はただの肉体的な傷ではない。操られていた時代を思い出させる一種の鍵のようになっているはずだ。それはあまりにも苦しいのではないか。


 血だらけ、傷だらけのハイネをいままで見てきたからか、ハイネが脆いものに思えて仕方がない。どこかで、それこそ洗っている途中で食器が割れてしまうくらい突然に壊れてしまうのではないかと心配になる。


「ほれレイ坊、ハイネちゃん、お迎えにきたよ」


 キャスにハイネを預け見送ると、首に垂れた血をそっと拭う。流れる血の温かみを感じてなお、俺はハイネの行方に不安を覚えるのだった。




教皇の寿命まで─────あと169時間

次回、268:天を照らした希望 お楽しみに!

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