25:野心
ファルス皇国軍撤退後、オル州領主付の衛兵に指揮官の身柄を引き渡した。これから朝一の列車で王都まで送られ、王国議会によって裁判にかけられる。俺は知らなかったのだが、王家のペンダントを持つ者の証言というのはかなり重いらしく、有罪はほぼ確定のようだ。微妙に理不尽な裁判になってしまうのは少々心苦しいが、それでも確かに奴は許されないことをしたのだ。狭くて冷たい地下牢で自分の行いを反省すればいい。
ファルス皇国軍が一時撤退したことを受けて南部に軍備の大半を集中させる準備が始まった。各諸侯軍の半数をオル州に集結させ、明後日には王国軍本隊も到着するという。俺たちはと言えば感謝をしたいと領主の館に呼び出されていた。
「貴族の館って、妙に緊張するっすねぇ。肩凝って仕方ないっすよ」
カイルが応接室のソファーに沈み込むように座る。領主は服装やら作法については気にしなくていいと言ってくれたが、向こうが良くてもこっちはこれでもかなり気を遣うのだ。丁寧にもてなしてくれたところ悪いが、俺は早くあの根城に帰してもらいたい。
調度品、特にカーペットなど養蚕業の盛んな南部らしくかなり上質なものだ。窓には曇りの一つもなく、続々と集まる各諸侯の兵士たちがよく見える。アイラはファルスやガーブルグのように統一支配ではないため、やはり地域によって恰好やら隊列やらに差が出てくる。
例えばここ、オル州の場合、昔鉱業が盛んだった名残か、魔術戦争が一般化してから少なくなった金属装備を肩や胸などの一部に申し訳程度の厚さではあるが施している。王都であれば王国軍の基本色である暗赤色のコートに黒のシャツとズボン。といったように特色が色濃く現れるわけだ。今ちょうど歩いているのはその王都の兵、先遣隊だろう。
「にしても、南部防衛線を強化するにしては数が多すぎやしないか? こっちには砦も地の利もあるわけだし、国の一般兵力の半数を割いてまで防御する必要あるのか?」
「もしかしたら、これを機にファルス皇国に攻め込もうとしているのかも」
リリィの意見はもっともだ。お互い西にガーブルグ帝国という脅威を抱えているこの状態を脱却するのは長年の悲願であり、それを達成するにあたって互いが邪魔なのだ。西側から文明が発達していったという経緯からか、東に向かうにつれて国の規模はどんどん小さくなっていく傾向にある。現在東側とは良好な関係にあり、要はどちらかがどちらかに吸収されれば警戒すべきは西だけで済むようになるのだ。
「ついに本格的な戦争っすかねぇ。アーツさんはもちろん参加しないだろうし、大変な戦いになりそうっすねぇ」
「今度の指揮官は、ちゃんとレイの話を聞いてくれればいいけど」
どうにも緊張感に欠けるな、こいつらといると。国家の存亡とか、そういうことすら日常茶飯事に思えてきてしまうのだから。
特にすることもない昼前、どうにも柔らかすぎるソファーに身を沈めながら三者三葉に呆けていると、カイルの通話宝石が鳴る。アーツからのようだ。自分は休んでいるくせに、指示の連絡は寄越してくる、何とも嫌味な奴だ。
「やはり国王は、ファルス皇国との戦争を望んでいるっす。現在敵兵の跳梁するアイラ王国領内から皇国軍を駆逐したのち、ファルス皇国に進攻するとのお達しっす」
連絡を受けたカイルが俺たちに報告する。こっちにまで連絡が回ってくるということは、つまりはそういうことだろう。王家は、俺たちを対ファルス皇国の最前線に配置するつもりなのだ。アーツも対軍攻撃に特化している能力ではないが、それでも俺よりはまともに戦えるはずだ。このままだとリリィにばかり負担をかける羽目になってしまう。それはどうにか避けられるようにしてやりたい。
だからと言ってアーツを呼び出すわけにもいかない。今のあいつは梃子でも動かないだろうし、なにしろあいつがガーブルグ帝国の侵攻に対する最後の守りの一つなのだ。ガーブルグの特殊部隊が相手でも、アーツならば耐え抜いてくれることだろう。
「やるしかないか。で、出征はいつなんだよ?」
「明々後日、王国軍本隊が到着した翌日らしいっす。それまでは自由に観光なり何なりして構わないらしいっすよ」
戦争直前に観光というのも随分呑気な話だが、この豪勢な館に引きこもりっぱなしというのも息苦しいか。最南端なだけあり普段から微妙に殺伐とした空気の漂う土地だとは聞いていたが、今は尚更だ。時間もあるし郊外に出かけてもいいかもしれない。
「俺は一晩この街を出て郊外へ出かけてくる。非常時には俺も駆け付けられるようにはしておくから」
荷物を持ってドアに手をかける。部屋から出ようとすると、コートの裾を引っ張られる。
「私も一緒に行く」
「僕もご一緒したいっす」
振り返ると眠そうな顔のリリィと、はにかんだカイルが同じく荷物をまとめて俺の後についてきていた。一人でふらりと適当に小旅行に行くだけのつもりだったが、少しばかり賑やかなお出かけとなりそうだ。
買い出しに行くところだったメイドに声をかけ、一日出かけてくる旨を伝えると、ついでに市場を案内してくれることになった。メイドは中等学院を卒業するかしないかといった程度の歳で、明るい少女だった。客人がいなくなるのに合わせて料理人に修正してもらったメモを片手に、俺たちを先導して歩く。
「王都からいらした皆さんには、ここはちょっと物足りないかもしれませんけど、王国の街道に垂直に形成されたこの市場が、オルで一番のマーケットなんですよ。街道に近いところは観光客向き、街道から離れるにつれて地元民向けになります。まあつまりは遠い方が安いってことですね」
確かに、実際観光客のいない今賑わっているのは街道から離れた店だ。普段は街道沿いで商売をした方が儲かるのだろうが、これも背負うべきリスクだ。
今日の領主の夕飯は羊らしい。今日は、というよりは今日も、らしいが。南部では羊が多く育てられており、自然と肉も羊をメインで食べることになる。まず香草を数種類見繕ってから肉屋に行く。最初は武装した物々しい集団に店主も面食らったようだが、メイドとは懇意のようで、事情を話すとすぐに親切にしてくれた。
「お客さん、折角だしウチの自慢の羊料理、食っていかないか? お嬢ちゃんの知り合いだし安くしとくぜ」
「それじゃあ3つ貰おう。みんな食べるよな」
カイルとリリィが大きく頷く。メイドもお使いの際はいつも買い食いしているらしい。何とも言えないいい匂いを放っているのだ、食べずにはいられないだろう。料理自体はシンプルなもので、焼いた羊にスパイスの効いた甘辛いソースをかけ、葉野菜と一緒に柔らかいパンに挟んだだけだが、これがかなり美味しい。
どういう工夫なのか肉は噛み応えがありながらきちんと噛み切れ、スパイスが臭みを消すだけでなく、飽きの来ないメリハリのある味にまとめてくれている。パンの優しい味も少し尖ったソースの味によく合っている。
俺とカイルがのんびり食べているうちにリリィは二つ目を食べ終えている。相当気に入ったのか、持ち帰り用にもう一つ持たせてもらっている始末だ。
メイドは自分の買い物が終わっても案内を続けてくれた。さすが市場でよく買い物をしているだけあって顔が広い、かなり格安で名物をいろいろと食べさせてもらえた。店主の中には俺たちを戦争の関係者と知らず、戦争への不安を零す者もいた。
俺たちは別に進んで戦争をする利権の鬼ではないから、別に反戦派の話を聞いて不快には思わないが、話す側としては気を遣わせてしまう。メイドも最初は苦い顔をしていたが、それを話すと積極的に俺たちの正体を明かさずにいてくれた。やはり戦争が起こって一番困るのはこの人たちなのだ。そのためにも、少なくともこの南部防衛線だけは守りぬかなくてはならない。
まだ昼前だが、市場でいろいろと買い食いをしたせいで腹は十分に膨れた。メイドに礼を言うと、市場の端で別れて郊外の街に向かった。
なんと、昨日の日間PVが初めて100を超えました!ありがとうございます!
こんないいタイミングなんですが次回以降の投稿はまたゆっくりになってしまいそうです。
これからもたくさんの人に読んでいただきたいので、評価、ブクマ等もよろしくお願いします!
次回は割と重要回、なつもりです。
ありがとうございました。




