266:異形6
こちらは5人で攻めているというのに、ただ一人の少女に一太刀も浴びせることができない。
状況が良くないのだ。先程攻撃を突破できたのは標的を全て俺に集中させることで俺以外が防戦に徹することができたから。
まだ少女の攻撃の対象が俺だけならばよかったのだ。俺を全員で守り俺が攻撃するなり、俺が攻撃を引き付けている間に全員で攻撃するなりやり方はあったのだ。
しかし、アーツとハイネは土壁と土塊のせいで抑えられ、俺が高速で戦闘しているせいでカイルもなかなか射撃しにくい。
少女はなかなか戦い方を分かっていて、常にカイルと自身の間に俺を挟むようにして立ちまわっている。これではカイルが射撃できるチャンスが減ってしまう。
どうにか少女の反対側に回り込んで隙を作りたいのだが、運動神経の高さもあって打ち合うのでいっぱいいっぱいだ。
さっきは人数の差による手数が少女を上回ったためにどうにかここまで接近できたが、なにしろ少女は指を10本持っているのだ。単純に10刀流と言うのもどうかと思うが、数倍の手数の差がある。
左右に揺れ動いてからの強襲をどうにか受ける。いちいち動きが速いせいで目では追いきれず、気配と視覚の両方を駆使しなければ確実に倒される。
右下、左下、右上、下。低い姿勢からの攻撃は剣では受けにくく、右脚を軽く斬られてしまう。
浮かせた右脚を痛みを無視して叩き込むが、その感触に驚いた。先程思った通りだ。この少女、肌こそ柔らかいがその内に隠された筋肉は本物。それこそ本当に圧縮して収納しているのではないかと思うほどの硬さだった。
しかし、硬いだけで衝撃は与えられた。少し後退した少女に弾丸の雨が降り注ぐ。
やはり物理攻撃が通用している。弾丸で撃ち抜かれた少女からは、インクのような黒い液体が零れ出ていた。
物理攻撃すら弾く障壁を展開している時点でおかしいと思ったのだ。効かないのであれば防ぐ必要がない。俺が魔力障壁を必要としないように、物理攻撃に耐性があるのならば身を守る必要はないはずだ。
それに、神話領域外の黒い人よりも実体感がある。聖地で戦った黒い人型はどこか虚無のようで実像という感じがしなかった。
実体だから銃が効くという保証は微塵も無いが、なんとなく上手くいくと思ったのだ。右脚の自由を犠牲にしてでも蹴りを入れて良かった。
追撃しようと走り出した瞬間、少女の周囲を先程のインクのような液体が満たす。咄嗟のことで踏みとどまったが、その判断は正しかった。飛来した蝶が液体に呑まれると溶けて消えていったのだから。
液体が渦巻き、徐々に消えていく。その跡に少女の姿はなかった。
教皇の寿命まで─────あと172時間
次回、267:少女の行方 お楽しみに!




