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265:異形5

「ユルサナイ!」


 今度こそ、はっきりと聞こえた。やはり向こうの世界の住人はこちらの言葉を理解できるようだ。どうやってこちらのことを知ったのだろうか。


 彼らが通常使っている言語は古代魔法言語、つまりは神代で使われていた言語だ。彼らが生まれた年代からしてそれ自体は自然だが、現代の言葉を知っているというのがどうにもおかしい。


 何らかの手段で彼らはこちらのことを窺い知ることができるのだ。通話宝石のように遠方の様子を受け取る何かが向こうにもあるのだろう。


 少女はここまで侵攻を許した怒りと、今まで自分たちを封印されていた怒りに震えていたのだろうが、俺にとっては好都合だった。なにしろ何を言いたいのかわかるのだから。


 異国で不安を覚える人というのは多いだろうが、やはりその理由のうちの大きなものとして言葉が挙げられるだろう。


 周りの人間が何を言っているかわからない。自分に向けられた言葉が何を意味しているのか分からない。それは多大なストレスを与える。


 それは戦闘でも同じこと。魔術の詠唱だろうと、ただ吐き捨てた悪態だろうと、意味が理解できるに越したことはない。


 あの金属を引っ掻くような声ははっきり言って不快だし、意味が理解できてしまえば恨みの叫びも濃密な殺意もただの言葉だ。


 意味の分からない叫びほど怖いものはない。表情などでどんな感情かくらいは推測できるが、得体のしれない恐怖はじわじわとこちらににじり寄ってくる。


 少女が異形の怪物であれたのも、その言葉を俺が解せないという点が大きかった。角と翼を持ち、闇を纏う何かを叫ぶ少女。それは十分に恐怖の対象だった。


 きっと訳が分からない、相互理解の可能性を微塵も感じられないような存在のことを怪物と呼ぶのだろう。それは見かけが人間でも同じこと。話の全く通じない狂人などであればきっとそれを怪物と感じるはずだ。


 少女はその長い爪と鋭い牙で俺を裂こうと攻撃してくる。爪など叩き斬ってやればいいとも思ったが、なかなかの強度と剛力で受け止めるのが精いっぱいだった。


 少女はその細い身体に驚くほどの力を内包している。まるで大男の筋肉が全てその柔肌の下に隠れてしまっているのではないかと思うほど、強い力だった。


 爪や噛みつきをメインに攻撃してくる敵などと戦ったことはなかったから、自分でもかなり混乱しているのが解る。


 長い爪はリーチがあるためこちらの攻撃が届かず、かといって噛みつきは近すぎてうまく斬りつけることもできない。


 驚くことに、それに加えて少女は接近してくるアーツたちに対して魔術で妨害しているのだ。


 カイルに迫るほどの空間把握能力と、アーツを思わせる対応力だ。この少女が魔獣を率いていると聞いても今は違和感を覚えない。


 少女はさらに、力が強いだけあって俊敏だ。獣よりも獣らしい身のこなしで巧みにこちらの視界から外れてしまう。一応殺気や気配はある程度感知できるが、やはり目視よりは精度が劣る。あと一拍対応が遅ければ八つ裂きというような紙一重の攻防、というか防戦を強いられてしまう。


 こうなるのならば接近する前に他の武器をいくつか取り出しておくべきだった。正直固定砲台系の魔術師だろうと接近戦での強さを舐めてかかっていたのだ。実際遠距離であれだけの火力を持ちながら近距離でもこれだけの強さを誇るなんて反則だろう。


 魔力特性の影響で、普通の魔術師なら基本的に得意なレンジというのは限られてくる。中距離での戦闘が一般的だが、中にはカイルの親父のアルタイルのように長距離を得意とする者もいるし、ジェイムのように近距離を得意とする者もいる。


 遠距離での高火力戦闘を魔術で実現し、その卓越した身体能力と戦闘に向いた身体の特徴を利用し近距離戦闘も一人前に行える。正直悔しいくらいに完成された戦士だ。


 だからといってここで負けるわけにもいかない。徐々に再生しつつある闇の障壁が完全に再生する前に、どうにかチャンスを作らなくては。




教皇の寿命まで─────あと172時間

次回、266:異形6 お楽しみに!

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