257:真理の天秤
「入るぜ」
一応ノックだけして、教皇の部屋に入る。どうやら俺が来ることはわかっていたのか、この間と同じ酒が用意されていた。酒の力を借りないと大事なことは話しにくいか。
教皇は無言で盃を差し出す。あまり判断力が残っていると逃げてしまうかもしれないし、もう少し俺を馬鹿にするにもちょうどいいか。
「今の君になら、安心して話せる」
そう言って教皇は白い天秤を取り出す。【奉神の御剣】と同じであろう神聖な魔力を凝縮して造られているのが分かった。
それだけならばただ材質の特異な天秤だ。しかし、何も載せていないのに片方に傾いている。壊れている、なんてことはないだろうが。
「これは君達が葬った天使たちの契約の証。宗教そのものが神性を獲得するために払った代償の秤さ」
まあ材質からいって分かってはいたが、これも聖遺物と呼ばれるものの一つなのだろう。【観測者の義眼】のように、爆発的で驚異的な火力がない代わりに、使用できる幅の広いタイプなのだろう。
「神性の獲得は、当時それほど難しいことではなかった。そう、獲得そのものは」
「獲得する前か後に何かあるって話か?」
借金と同じだ。金を借りるのは簡単でも返済は難しい。踏み込みやすい底なし沼とでも言えばいいだろうか。
「左様。疑似的に神を創り出すわけだからな、その分反対のモノも発生する」
「そうか、領域外の存在……!」
あの天使たちもとんでもないことをしでかしたものだ。ファルマ教に神性を獲得させた代償に、そのカウンターである領域外の魔物を同程度発生させたのだ。
神が誕生してからまとめて封じられたものとは別に、新しく魔物たちを生み出した。代償の秤ということは、あの傾きは降り積もったカウンターの度合いを示しているということなのではないか。
「神性を剥がしたからだな」
「ご名答。神性が無くなってしまったことで、それプラス信心で何倍にも膨れ上がっていた強さは消え失せたのだ」
ただ神性と同程度に用意されたカウンターと違い、ファルマ教は信者との相乗効果で力が増加していたからこそ今まで抑えることができたが、もはやこの国に力は残っていない。
神性を失い、信心はなくなり、この国を守るものはもはや俺達しか残っていない。となれば彼の言っていたことは自ずと明らかになる。
「つまり、この国一つ分の魔物を殺せってことか」
「すまないね」
溜息と一緒に零れた謝罪は、何にも勝る肯定だった。
冷めきった酒を飲み干して天井を見上げる。ただ白い天井の色は、俺の決意の固まらない心を映しているように思えた。
教皇の寿命まで─────あと180時間
次回、258:顕現する暗黒 お楽しみに!




