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24:キャッチ・ザ・ワールド

 下見をする目的で砦に到着したはいいが、オル州は最南端の州。つまり王都から伸びる大街道の終着点なのだ。道を作るためにある程度整備されており、街道周辺はただの平地になっているのだ。また例のごとく平地戦か。リリィの魔法を一発撃ち込めば終わるだろうか。


「開戦直後、こいつが魔法を撃って敵を殲滅する。この砦から出ず、防衛に努めるように指示を出しておいてもらえないか?」


 送迎に来た兵士に頼む。魔法という単語に驚いたようだが、やはりリリィの年齢のせいか、訝しげに目を細めて立ち去ってしまった。戦闘が再開されるまであと1時間ほど猶予がある。案内された部屋で俺たちは仮眠を取ることにした。


「ねえレイ、敵の兵士にも家族はいるよね」


 ヘルハの話を聞いて、複雑な気分なのだろう。今までそんなことは考えずに生きてきたのだろうが、戦場に立つ者にも家族が、帰りを待つ者たちがいるということをその眼で、耳で知った。今のリリィには戦うことは苦痛になりかねない。


「ああ、そりゃ死んだら悲しむだろうし、殺した人を恨むだろうよ。俺も実際方々から恨みを買ってる。俺は金のために何人も殺してきたからな」


 リリィの顔が曇る。先の革命での殲滅を思い出したのだろうか。それを見た俺は「だが」と話をさらに続ける。


「互いが戦場に立っている場合、話は違うと思う。戦場っていうのは、今立っているような戦争の舞台でだけじゃなく、一対一でやり合うような時も含めてだ。そういう場合、お互いがお互いを殺すためにその場に立っているんだ。人を殺すには、等しく自分も殺される、諦めのようなものが必要だと思っている。だからといって殺しが完全に許されるわけじゃないが、つまりはあまり気負い過ぎるなってことだ。なにかを諦めないと、人間壊れちまうかな」


 結局何の救いにもなっていない、むしろ残酷な現実を見せつけたようになってしまったが、リリィは納得してくれたみたいだ。やはりこいつ、見た目より随分中身がしっかりしているみたいだ。俺が初めて人を殺したときとは大違い。しばらく黙っていると、カイルもリリィも寝息を立てはじめた。俺もゆっくりと目を瞑る。


 俺は仮眠と言っても名ばかりで、目を閉じるだけで眠らない。中途半端に眠ると余計に疲れてしまうからだ。時計の針の音を数え続け、開戦5分前に目を開けた。


「お前ら起きろ。出番だぞ」


 声をかけると二人は目を覚ます。リリィもしっかり目覚められているようで、さすがに本職だと思い知らされる。


 冷たい朝の空気の中、砦最上階の見張り台の上に登った俺たちは、目を疑った。


「あいつら、何していやがる」


 砦の前に、兵士たちが陣形を組んで並んでいたのだ。数百メートル先には敵国、ファルス皇国軍の姿も見える。ここから見ただけでも兵力差は圧倒的。このままでは簡単に全滅してしまう。


「まずいっす、日の出の時間っすよ!」


 カイルが懐中時計を確認し、叫ぶ。それを合図にしたかのように、両陣営から魔術が迸る。魔術戦争をする場合、兵士は二人一組になって戦う。片方が攻撃、もう片方が防御に徹し、きっちり役割分担をして戦うのだ。だがしかし、退避してきた兵士をいきなり組み入れた急造部隊ではその攻守の分担さえもできていない。果敢に前進しようとはしているが、既に最前列ではかなりの組が崩れ始めている。


「司令官室に行ってくる。今ならまだ間に合う」


 革命の時に砦の構造は大体把握した。アイラ王国の砦は基本的な造りが全て同じなため、司令官室はすぐに見つけることができた。


「おい、司令官。俺は兵士を全員砦の中に待機させておけと言ったはずだが」


 髭面の司令官は、俺を見てさも不快そうに眼を細め、眉間にしわを寄せる。咥えていた煙草を灰皿でもみ消し、煙を吐き出すと口を開く。


「いくら王家のお使いとはいえ、君たちだけに前線を任せるわけにはいかないんだよ。兵士を出し惜しんで負けたら私がどうなるかも判らない」


 男の目は恐怖で満ちていた。この男は、自らの保身の為に俺の指示を無視し、部下を犬死にさせようとしているのだ。こんな指揮官が対外最前線を仕切っているこの国を、俺たちは守っているのか。


「もういい。この戦いを切り抜けた後、お前の首はないと思え」


 駆け足で再び見張り台に戻る。あの司令官の指示なのか、街道へ出た兵士たちは撃たれ続けながらも前進をやめない。砦内部からの狙撃もある程度機能しているようだが、何しろ数が違い過ぎる。このままではすぐに全滅してしまうだろう。


「リリィ、魔法で敵軍を殲滅できるか?」


「無理。兵士が屋内にいない以上、衝撃波だけで殺しちゃう」


 パリス平野での戦いであらかた予想はついていたが、リリィの魔法は高威力すぎて周りに与える影響が他の者とは比較にならない。身体にビリビリと感じた。衝撃波、あれは普通に訓練されただけの兵士が受ければ無事ではいられない。指揮官のせいで今回はリリィの力を使うことも叶わないのだ。


 俺とカイルでは大量殲滅には向かない。ただ前線に突っ込むだけでは焼け石に水、消耗戦になってみすみす殺されるだけだ。


 歯軋りして指揮官を恨む。あいつが勝手な指示さえ出さなければスムーズに戦いを終わらせることができたのに。いっそあの指揮官を殺してしまえば撤退を始めるのではないか。


「……そうか、指揮官か」


 指揮官を失えば兵士たちは混乱に陥り、一時撤退を始めるだろう。ならば敵指揮官を討ってしまえばいい。それならば俺とカイルにも可能なはずだ。


「カイル、お前大型の狙撃銃を持ち込んでたよな。お前の魔術で指揮官を探って、狙撃できないか?」


「僕の魔術は魔力の消費が著しいうえ、自分を中心とした球状にしか索敵できないっす。だからこの広範囲を観た上で狙撃となると、ちょっと厳しいものがあるっす」


 空間把握の素質を除けば、カイルもそこそこ凡庸な魔術師なのだ。そこまで任せるのは難しいか。


「じゃあカイル、だいたいの場所さえ分かれば確実に当てられるか?」


「それならいけるっす。蟻の眉間だろうと、寸分違わず撃ち抜いてみせるっす」


 俺はそれを聞くと武器庫に忍び込んで目当てのものをくすねてくると、それをカイルに見せてから数百メートル先の戦地に飛び込んでいく。カイルの見せた笑顔は、俺にこの作戦の成功を予感させた。


 見張り台から見たところ、お互いに陣形は横列に、何列も並べただけのシンプルな陣形。平地戦での基本陣形だが、数で優っているファルス皇国軍はこれで押し切れるだろう。定石通り行けば、本陣は中央の最奥にある。そこを目指すのが賢いだろう。諸侯軍の間をすり抜けて魔術の飛び交う両軍の間に飛び出す。


 やはり宗教国家ファルス皇国、真っ白な法衣を纏っている。俺が飛び出してきたことに驚き、身じろぎした隙を見逃さず、一気に踏み出て魔力障壁を突き破りファルス皇国兵の胸を突く。吹き出た血が頬にかかる。胸を蹴って刀を引き抜くと、間髪入れずにその相方も切り伏せる。


密集陣形は魔術戦になってから特に魔力防壁の重なりなどで防御が固めやすくなるためよく取られている手法だが、俺のようにその陣形を崩す要因が侵入すると総崩れになる。だから一度崩れてしまえば攻略は簡単だった。


隊列を崩し、慌てふためく兵士たちを押しのけ、そして斬りながらどんどん前進していく。混乱の波はどんどん伝播し、後方では軽い仲間割れまで発生している始末だ。何列分斬ったか、やっとのことで隊列を抜ける。


「そんな……」


 本陣がない。どこにも見当たらないのだ。通話宝石等である程度遠隔指示ができるとは言え、不測の事態に備えて指揮官は戦場の傍にいるのが定石だ。いくら戦力差が大きく、余裕で勝てる戦いだとしても、その原則は基本破られることはない。


 振り返れば崩れていた隊列は立て直され、かなりの数の兵士がこちらを睨みつけている。まずい。いくら俺が魔術に強いとはいえこの状況はかなりピンチだ。すぐにでも本陣の位置を特定しないと。手がかりはないかとあたりを見回す。


 すると街道東側の森に、数人の兵士が駆け込んでいくのが目に入る。俺という異分子が侵入した今、焦って森に駆け込む理由は一つしかない。


「そこか」


 じりじりと迫ってくる兵士たちを散弾銃を撃って威嚇してから森へと一直線に駆け出す。さすがに鍛えられた兵士なだけあり、すぐに魔術で追撃してくる。俺は迫る魔術を前宙と同時に左手で消去し、そのまま森に飛び込む。


 森に入ってしまえば圧倒的に俺が強い。法衣は木に引っかかって動きにくいし、足元も不自由だからだ。型に嵌ったやり方に囚われているとこう融通が利かないから困るのだ。


 わずかに聞こえる話し声を頼りに木を蹴って奥へ奥へと進む。ようやく木のない本陣に到着した時には、既に臨戦態勢が整えられていた。木立を抜けた瞬間、魔術を浴びせられる。俺はそれらを全て消し去ると、懐から銃を取り出し、空へ向けて撃つ。


 飛び出したのは、弾丸ではない。細い白煙だ。俺が武器庫でくすねてきたのは、信煙弾。これで長時間広範囲の固有魔術の使えないカイルに本陣の位置を伝えたのだ。


 信煙弾を撃った後、俺はすぐに回れ右をして逃げ出す。森だったのが幸いして、またも追撃は難なく防げた。木々の間を駆け抜ける中、もう一発の銃声が響く。さっきまで俺がいた場所で、大爆発が起こる。身を庇って爆風に身を任せ、より遠くに退避する。本陣が爆破され、慌てふためいたファルス皇国軍は我先にと撤退を始める。どうやら俺たちの目論見はうまくいったみたいだ。


 さっき、俺がそのまま本陣に突撃しても、指揮官の首は容易に取れただろう。だが俺が殺すだけでは「指揮官が死んだ」という事実を素早くファルス皇国軍に伝えることができない。だからこそリリィの魔法を付呪した銃弾で指揮官を撃ったのだ。俺の予感は違わず、最前線を俺たちは守り抜けたようだった。


そろそろ個人的なイベントがいろいろと重なるので今のうちにちょっとでも話数を稼いでおく所存でございます。

次回、たぶん新キャラ出ます

ありがとうございました

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― 新着の感想 ―
[良い点] ちゃんと砦の中に兵士たちを引っ込めておいてくれれば、こんな面倒なことにならなかったのにと……ちょっと悔しいですが、なんとか作戦成功ですね!(*'ω'*)良かった!
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