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256:走狗

 俺もこういう戦闘は嫌いではない。一瞬を永遠まで引き延ばしたような、時間が逆行したのではないかとすら錯覚するほどの一撃が。


 実際には一瞬だ。それこそ、魔力などで強化していなければ捕捉すら難しいほどの、まさに神速。木剣が空気との摩擦で焦げるくらいといえばわかりやすいだろうか。


 だが、その速さを俺達は体感できない。むしろ、どんな一撃よりも長くかかるのだ。


 だが、終わってしまえばただ手に焦げ、そして折れた木剣が残るのみ。あの永遠を生きるような浮遊感はもう身体に微塵も残っていない。


「これは、どっちの勝ちなんだ?」


 使い物にならなくなった木剣を廃棄孔に投げ込んで尋ねる。はっきり言ってどちらが勝ちだって関係ないのだが、少し気になる。


「うーん、私の剣はダメになってしまったし、君の勝ちかな。君の剣の方がまだ形を保っていた」


「それは俺の負けな気もするが……」


「若者は素直に年長者の言うことを聞きたまえ。私が君の勝ちと言ったのだから君の勝ちなのだよ」


 ヴィアージュの剣が柄を残して全て消えてしまったのは、それだけ彼女の一撃が鋭く素早かったという証拠だ。


 実際、振るわれた木剣が一瞬炎上しているのを俺は見た。俺が全力でやっても焦げるのがせいぜいといったところなのに、燃やし尽くすのはさすがに異質すぎる。


「どうして、そんなに強いんだ?」


 思わず、俺らしくない質問をしてしまった。そんなの、強いからに決まっているだろう。どこかに、誰にも負けない強さを持っているからに決まっている。


 才能のある者ならその才を、努力を積んだ者ならその努力を、目には見えない自らの武器として抱えている。


 だから、理由はわかっているのだ。ヴィアージュにも何か非凡な強さがあって、それが先程の一撃を生み出しているのだと。


 そもそもヴィアージュと同じものを持っているとも限らないのに、強さの秘訣を聞いても仕方がない。俺にはそもそもあの速度で剣を振るう資格がないのかもしれないのだから。


「簡単さ、抜きはらいの角度を少し変えればいいのさ」


「へ?」


「君はまだ身体が硬いんだ。もっと力を抜いて、自然な角度で抜剣した方がいいよ」


 そんなことでよかったのか。ただ俺が下手だっただけとは笑える話だ。気になったことはこうして聞いてみるものだな。


 教皇に、この後の事を聞くとしよう。答えが理想的ではないことを恐れてはいけない。ヴィアージュはそれを伝えたかったのではないか。


 千里眼を持つ彼女のことだ、おそらく予測はアーツの領域を大幅に上回り未来予知の域にまで達しているのではないだろうか。この先全ての可能性を知り得るほどに。


 ヴィアージュに礼を言って部屋を出る。少しだけ心残りだったのは、彼女に未来の話を聞けなかったこと。


 むしろ教皇より彼女に教えてもらうほうが確実だ。しかし、どうしても聞くことが出来なかった。ヴィアージュに聞いてしまってはその未来がどんなに絶望的でも変えられなくなる、そんな気がしたから。




教皇の寿命まで─────あと182時間

次回、257:真理の天秤 お楽しみに!

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