23:アイラ王国縦断鉄道
「リリィ、すぐに王城に繋いでくれ。俺は刀を持ってくる」
来た道を飛んで戻り、戦闘の準備を整えて分室へ向かう。途中アーツの部屋をのぞいてみたが、あれは完全に眠っていた。起こしたところで協力してくれなそうだったから無視したが。
分室にはカイルもいたようで、リリィから状況を聞いて連絡を取ってくれているようだ。思った通り、ファルス皇国の侵攻らしい。革命直後に仕掛けてくるあたり、調停金や土地が目当てではなく、完全に攻略に来ているということか。
「どうやら革命で南部の諸侯軍がかなり弱体化していたのに加えて、侵攻直前に領主がバラバラ殺人に遭って指揮が遅れたせいで、もう既に最前線は壊滅寸前みたいっす」
「バラバラ殺人……ハイネか」
やはりハイネが絡んでくるか。司令部から逃走するときに爆破の宝石を投げておいたが、あれくらいは耐えられてしまうか。ならばもうひとりいた男の方も健在だろう。入った血液は少量だったし、俺の能力の効果はもう切れてしまったか。
「すぐにでも駆け付けてほしいということっすけど、鉄道はもう動かないし、馬で行けば朝になっちゃうっす」
「鉄道くらい、動かせばいいじゃん。王家の指示って言えば、鉄道は国営だから動かしてくれると思うよ」
大あくびをしながらアーツが部屋に入ってくる。確かに俺たちは王室の権威を示すペンダントを受け取ってはいるが、ここまで躊躇いないものか。だが緊急事態にそんなことも言ってはいられないか。何しろ国がなくなってしまっては働くこともできないのだから。
「アーツさん、鉄道会社への連絡はお願いするっす。僕たちは今すぐ駅に向かうっすから」
アーツもそれくらいなら引き受けてくれるようで、王家から直接命令を出させるためにまず王家に連絡を通しているようだ。
どちらかと言えば縦長のアイラ王国は南北を縦断する交通路が発達している。北端のリッツスラー州から南端のオル州までを貫く鉄道もその一つだ。ただし円形に築かれた王城とその王都を東側に迂回するように通っているため、南区の端までは馬で移動しなければならない。それまでに準備は済ませてくれると思うが。
リリィを膝の上に乗せて馬に乗るのはもう三度目だ。最初は人を乗せての騎乗なんて慣れなかったから困惑したが、慣れてしまえば大した手間でもない。カイルに遅れを取ることもなく駅へ向かうことができた。
とにかく、敵の侵攻が暗くなってからというのが助かった。王都南端へ向かうのに環状大通りと十字大通りの二つを使うことになるが、昼間だとどうしても混雑して馬では快適に進むことが難しくなる。一番混み合う16時頃と今では、30分は差ができることだろう。
駅は王都にあるだけあって、豪勢な造りになっている。北部の有名な建築家が設計したという触れ込みで、王都への観光客の目当ての一つらしい。建材は基本的に赤いレンガが使われており、ホームを駅舎で覆うために正面から見ると横長になっている。
馬を待機していた駅員に預けると、急いで列車に乗り込む。王家から直接話が行っているだけあり、対応が丁寧で速い。これならば夜中には到着できそうだ。いつでも発車できるように準備してくれていたのだろう、乗り込んですぐに列車は動き出した。
「これが一等車っすか。僕初めてっすよ」
カイルは既に初めての一等車にご満悦のようだ。というかこの中に一等車なんぞ乗ったことのある人間はいないだろう。すぐに戦闘が始まるわけでもなし、今のうちから気を張っていても疲れるだけかとカイルに倣って腰かける。柔らかいがしっかりと受け止めてくれる座席は、確かに高いものだとわかる。全員が一息ついたところで、高齢の男性がやって来る。
「あなた方が王家のお使いでございますか。わたくし客室乗務員のヘルハと申します。困ったことがおありでしたら何なりとお申し付けください」
ヘルハはお辞儀をし、一歩下がる。贅沢を言うようで悪いが、俺たちは夕飯をとらずに飛び出てきてしまったせいでかなり空腹だ。何か少し食べるものを……。
「夜ごはん食べられてないので、なにか食べ物貰えませんか?」
俺が言うまでもなかったようだ。腹ペコお姫様が、このまま空腹の状態を看過するわけがないのだから。ヘルハはにこりと笑うとすぐに山盛りのサンドイッチを持ってきてくれた。卵とハムの二種類だけだったが、パンから具材までどれも上質かつ手が込んでいそうだった。営業が終了していたために用意できるのはこれだけしかないとヘルハはしきりに謝っていたが、急に押し掛けたのは俺たちだ。ここまでしてくれたのに感謝しなくてはならない。
「オル州、陥落していないでしょうか」
俺たちが一通りサンドイッチを食べ終えたところでヘルハが呟く。
「オルは最南端なだけあって、革命に割いた人員は最も少ない。もともと軍備費用の補助だけはまともに受けられた州だからそう簡単に陥ちることはないと思うがな」
「わたくしオル州の出身でございまして、娘の家に行くところだったのです。明日出発のところをこちらに同行させて頂いたのですが、軍属の娘婿の消息が心配で心配で。
いけません。すみませんでした私事を」
「大丈夫っすよ。大切な家族、心配なのは当然っす」
カイルがにこやかに謝るヘルハをフォローする。家族のためとはいえ、わざわざ戦地まで赴くのは珍しいといえば珍しい。ヘルハの話では娘婿はどうやら革命派の軍勢には加えられておらず、当時砦に待機していたらしい。リリィが殲滅した兵士の中にヘルハの娘婿がいなくて本当に良かった。もしそうだったら気まずくて話もできない。戦場での殺した殺されたで因縁をつけ合うのは皆良しとしないが、それでも死んだものは死んだのだ。完全に恨まないなんて真似は誰にもできないだろう。
それからはヘルハとも少し打ち解け、オル州の話やら娘自慢やらを散々聞かされた。ヘルハも俺たちのフォーマルではないという空気感を理解し、汲んでくれたのだろう。最終的に日付を跨ぐまで、俺たちは大して意味のない話をし続けた。
日を跨いで1時間と少し。少しづつ列車の速度が緩まり、停車する。娘の許に向かうというヘルハに別れを告げると、俺たちは下車して軍の使いの迎えを受けた。
「君たちが王都から派遣された助っ人ですか」
兵士の目は冷たい。俺たちの年齢と恰好を見て落胆しているのであろう。恰好という面でいえばリリィは別だが。王都からの秘密兵器と聞いたら普通は親衛隊のような凄みが滲み出ているような奴らを想像するだろうから仕方ないが。
簡単に戦況を教えてもらう。兵士が迎えに来ているし、陥落していないのは解った。日没直後に突然攻めてきたファルス皇国軍を、諸侯軍は国境付近の砦で迎撃するも途中で撤退。砦での消耗を避けるため、防衛最低人員のみを残し、それ以外の人員の撤退が完了し次第投降させたらしい。その後中部域で戦闘。ここでは持ちこたえ、両軍合わせても数十人の犠牲が出たところで休戦したらしい。
「虚を突く為に日没後にしたんだろうが、それが仇になって攻めきれなかった訳か」
魔術戦闘というのは肉弾戦よりも夜戦に向いているが、視界確保に使う魔力が勿体ない。できるだけ消耗を避けたい特に攻め方は、基本夜戦は避けるものなのだ。
戦闘は、夜明けとともに再開する予定らしい。戦闘が始まる前にできるだけ戦地を下見しておきたい。夜の間に馬車で移動させてもらうことにした。
相変わらず兵士の目は冷たく、そして不愛想で、馬車の中では一言も言葉を交わすことはなかった。窓から外を見ても、夜だから当然だが静かで寂しい街だった。ヘルハがちゃんと家族の許に辿り着けているか。そんなことを考えているうちに馬車は戦場となるオル・バル砦に到着した。
日本での蒸気機関車の速度の最高記録は129㎞/hだったらしいです。
アイラ王国は南北900㎞くらいの設定になっているので記録そのままに走れれば7時間くらいでしょうか。
次回皇国軍戦です。
今回もありがとうございました。




