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241:崩れそうな境界面

 聖地を破壊したことで信者たちの洗脳はかなり薄まったはずだ。今ならば多少教典の戒を破ってでも生き延びるだろう。もともとファルマ教の理念は互助だ。上手くやるだろう。


 それよりも、今は早く教皇のところに戻らなければ。なんだかんだで時間はまだあるが、少しでも早く不安を取り除いてやりたい。


 人を殺す身でこんなことを言うのはどうなのかと自分でも思うが、俺だって好んで人を殺しているのではない。死にゆく人間の安寧を守ることくらいしてやりたい。


 てっきり仕事も終えたしゆっくり帰ろうとしているのかと思いきや、アーツの提案により出来る限り急ぐことになった。


「なあ、アーツの様子ちょっと変だと思わねぇか?」


 帰りの馬車でカイルに声をかける。何かおかしいと思うのだ。あの冷静なアーツがどこか焦っているようにすら見える。


「まああれくらいの方が人らしいっちゃ人らしいっすけどね。でもちょっと辛そうというか苦しそうで心配っすねぇ……」


 何か無理をしているように見える。無理というか、追い込まれているというか。長距離を走りすぎて息が切れたような顔をしている。


 息切れして、立ち止まるのならそれでもいいのだ。だが、アーツは止まらない。否、止まることができないのだ。


 彼は自分の絶対性を誰よりも信じている。彼は自分の強さを誰よりも信じている。そして自分の力があれば、何もかもが為せることを知っている。


 だから止まらない、止まれない。その目的が達成されたその時に、たとえ自分が死んだとしても。死ぬほど頑張ればできるというのが、この世で一番厄介だ。


 アーツが守りたいという王家の正統な後継ぎの女は何者でどこにいるのか。アーツが命を懸けている間、どこで何をしているのか。


 病弱で動けない、人前に顔を晒すことができない。そういう理由があるのかもしれない。それでも。アーツが不憫に思えて仕方がない。


 何があの男をそこまで突き動かすのか。顔を見られるわけでもなく、手紙をくれるわけでもなく、ただ待っている者になぜそこまでしてやれるのか。


 そう考えると、まるで御伽噺の勇者のようだ。怪物に囚われた、見たことも会ったこともない姫のために命を懸けて戦い、見事姫を救い出す。でも、そんな現実は残念ながら存在しない。


 どうにかしてやれないか。俺がアーツを救ってやる必要はない。あの男にそんな手助けは要らないし、それを欲している訳でもない。


「あの、レイさん」


 少し心配そうな、不安そうな顔をしてカイルが話しかけてくる。その瞳はアーツではなく、俺を案じているようだった。


「ちょっと言いにくいんすけど、レイさん、アーツさんと同じ顔してるっすよ」




教皇の寿命まで─────あと229時間

次回、242:濁り お楽しみに!

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