22:南の空◇
────これは、命の価値を問う旅路。
アイラ王国の内部崩壊を画策したファルス皇国。
革命の失敗を受け、彼らがついに進軍を始める。
神威に満ちた虚構の国で、レイたちは侵攻を止められるのか。
神話の光と現世の光がぶつかり合うとき、虚構の靄が晴らされる。
第1章 《虚像神聖高楼》 開幕
キャスがいなくなってから二日。リリィの飯が少々アレなことを除けば平穏な生活が続いていた。唯一の救いはリリィにも自覚があるようで、美味しく作ろうと試行錯誤したその結果だということだ。これからきっと少しずつ上達してくれることだろう。
カイルとアーツが【観測者の義眼】を見ながらなにやら話している。カイルの表情を見るに深刻そうな状況のようだ。
「どうしたよ。根幹魔力の減りがそんなに激しいのか?」
「今年は全ての作物がかなり不作だったからね。根幹魔力を調べてみたら総量自体はほとんど変わってなかったんだけど、西のガーブルグ帝国の土壌にのみ、以前と変わらない量の魔力が満ちていたんだ。まさかとは思っていたけどやっぱり彼らだったね」
ガーブルグ帝国か、いかにもやりかねないな。ガーブルグ帝国は規模も歴史もこのあたりの国は比較にならない。どれくらい古いかといえばアイラ・エルマ叙事詩にも登場するほどで、神話にも名前こそ出ていないがそれらしき国が存在するほどだ。
魔術的な技術力というのはどうしても歴史の長さに比例する傾向がある。長い間安定、かつ一貫した研究が続けられる環境が大切だからだ。科学的な発見や技術は書面などに残しやすいが、魔術はそうはいかない。一子相伝というと少し違うかもしれないが、口伝のように伝えていかないといけないものなのだ。
「帝国相手だと僕たちも手を出しにくいっすねぇ。ただでさえ首都機能を分散させていて全貌を掴みにくいうえ、親衛隊と並ぶと言われる魔術師集団『ガーブルグ・グロリアス』が厄介っす。とりあえずは様子を見るしかないっすかねぇ」
それに今はファルス皇国の脅威も無視できない。この状況だと下手をすれば南部は完全に占領されるだろう。革命なんて厄介なものを起こしてくれたものだ。おまけに親衛隊には睨まれているしやっていられない。
「とにかく、向こうも魔力を喰い過ぎたらまずいって言うのは解ってるみたいだし、俺はしばらくお休みしまーす。これからの依頼はみんなで協力して頑張ってね」
黒幕が分かった瞬間これか。もともとアーツの目的はそれだったし、仕方ないのかもしれないが。ついに自室に戻っていってしまった。俺たちのやることも減っていけばいいが。
「やることがないなら俺もちょっと調べたいことがある、少し暇を貰うぞ」
俺はとりあえず、暇があるのならアイラ・エルマ叙事詩を一度読んでおきたかった。養父から受け取ったものがあったはずだ。部屋の物置をごそごそと漁る。殺し屋という身分でありながら、色々なものを貯め込んでいる。基本的に身軽でいるべきだが、珍しいものやら使えそうなものを買ってしまうのだ。
「レイ、なに探してるの」
しゃがんだ俺の肩の上からリリィが顔を出す。ごちゃごちゃになった物置に興味があるようだ。確かに普段見ることのないような代物の山だもんな。要らないものでリリィの欲しいものがあったら分けてやろう。
「アイラ・エルマ叙事詩って本を探してるんだ。ちょっと気になるところがあってな」
リリィはそういうの、わかるのだろうか。普段は食ってるか寝てるか戦ってるかのどれかしか見たことないな。
「私、その本持ってる。貸してあげるよ」
意外というか何と言うか、リリィも歴史とかに興味を持つのか。アイラ・エルマ叙事詩は神話と比べると物語性がしっかりしていて、歴史的な記録というより普通に物語として楽しむことができるから、おかしくはないか。
部屋に戻って本を取ってきてくれたリリィが帰ってくる。子供向けで字が大きく、挿絵の入ったものだが、内容自体は変わりはないようだ。
「助かった。お前歴史に興味あるのか?」
「ううん、お姉がくれたの。私、話せるけど読み書きは苦手だから」
こいつ、読み書きすら習っていないのか。今の言葉って古代の魔法言語がもとになっているから、それが分からないと魔法言語も理解できないはずなんだけど。
「リリィ、お前どうやって魔法を使ってるんだ? 詠唱なしで発動できるのは知ってるが、魔法式を構築しないといけないんじゃないのか?」
一般人にはその魔法式の構築ができないからこそ魔法は希少なのだ。もちろん魔術も同じように魔術式を構築する必要があるが、魔術の場合は式の保存が可能なうえ、情報量が少ない。
だが魔法の場合、それは通用しない。特に驚異的なのは情報量だ。魔術行使が苦手な人の対処法として、魔導書と呼ばれる式の保存された本を媒介にする方法がある。最高位の魔術が記録されたものでさえ、携行用の小説大の魔導書4ページほどで魔術を記録できる。だが魔法は同じ魔導書が500ページはないと一つ記録することすらできない。
「魔法式ってなに? 私は思った通りに魔法を使ってるだけだよ」
つまり魔法発動工程を全て無意識中に完了させているのか。恐ろしいやつだ。だが、だからといってこのまま放っておいていいのだろうか。リリィだってこれから生きていく中で読み書きが必要になってくることがあるはずだ。ただ戦場に身を置いて死んでいくなんて虚しすぎる。
「リリィ、俺が教えようか?」
「いいの? ありがとう」
「そんなこと言って、俺も特別できるわけじゃないけどな」
とりあえず授業は明日からにするとして、俺は寝転んでアイラ・エルマ叙事詩を開く。子供の頃は月明かりを頼りに夜更かしして読み進めたものだ。
序盤は神話の流れを汲んでおり、火水地光闇の五大神とその眷属についての話が中心だ。イッカの【神聖の光剣】なんかもこの頃に登場した。
ハーツの言っていた【リベレーター】はかなり後半、五大神が死を迎えた後の眷属同士の戦争の中で登場したはずだ。魔法を消去する【破幻の剣】を使って最後まで生き残った、どの神の眷属でもない男だった。
【リベレーター】の登場する章を探してパラパラとページをめくっていく。たまに目に入る挿絵が物語のあらすじをしっかりと思い出させてくれる。
「水と光の姫、か」
彼は放浪の魔法剣士だったが、ガーブルグ帝国の属国、現在のアイラ王国に当たる国の姫と恋に落ち、国に仕えることになる。姫は水と光の神の力を色濃く受け継いでおり、各国から命を狙われていた。そのため彼は各地で姫のため、ただの人間でありながら獅子奮迅の活躍を見せたが、ライバルの闇の騎士との戦闘中に姫は殺されてしまう。
「酷い話だよな、これ」
姫を失ったことで【リベレーター】は復讐に生き、主人公が敵を退ける助けになったのだが、最終的に姫を殺した相手への敵討ちもできず、戦いが終わった後に放浪の旅に出たことしか描かれず、物語は終わっている。
ハーツは俺に『同じ道を辿らないことを期待している』と言ったか。確かに彼と俺に似通たところがあるのは確かだが、だからと言ってそれが現実になるわけがない。
「レイ、そろそろご飯だよ」
リリィに呼ばれて、辺りが暗くなっていたことに気付く。本を枕元に置き、部屋を出る。日はまだ沈み切っていないようで、南の空はまだ朱い。
「待てよ……南だと?」
禍々しいまでの朱い空は、これから俺たちに迫る脅威を、そのまま空に映したような色をしていた。
ここ最近少しずつブックマークが増えていて本当に嬉しいです。
これからもたくさんの人に読んでもらえるように努力していきたいと思っています。
国内事情について、もうちょっとしっかり描きたいなあなんて思ったりしてます。
今回もありがとうございました。




