236:最果てのヒト3
まあ、俺は嘲笑されても仕方がない。目の前の死にかけた敵を相手に止めを刺さないのだから。
しかし、出来ないのだ。ただ切り刻めばいいのか、それとも何かしらの魔術的な干渉が必要なのか。いずれにしろ、殺し方が分からない。
手足を接合したそれは、再び立ち上がって今度は俺に近づいてくる。向こうの魔術も効果がないということに気付いたのだろうか。
黒い手を伸ばして、嗤いながら歩み寄ってくる。身体が黒すぎて詳しくは分からないが、首を狙っているのだろう。
理不尽なことだ。こちらは奴の弱点が全くわからないのに、向こうは確実に人間の弱点を狙ってくる。
手が首に掛けられ、握られる。おそらくみんな身動きが取れていないはずだ。俺にすら効くということは、この金縛りは魔力を超えた何かしらの力によるもの、他の面々が耐えられるわけがない。
『■■■ッ!』
俺の首を握った瞬間、悲鳴を上げて飛び退る。もしかして、身体が全て魔力で構成されているのか。掌からは煙かもやのようなものが発生している。
さっきの紐と同じだ。物質化できなかった魔力が損傷した部分から漏れ出ている。もし本当に身体が魔力ならば、俺にとっては絶好の相手だ。
しかし、それもこれも俺の身体が動くようになってから。金縛りにあったままでは攻撃できない。
奴は俺をとりあえずの標的から外したのか、身体を馬車の方へと向ける。このままではあちらの全員が落とされてしまう。
「(動け、動け動け、動け動け動け動け動け────!)」
何度も何度も、呪いのように自分の身体に動けと唱えるが、それに全く応えてくれない。今動かなければ、皆が死ぬというのに。
『いくっすよ』
唐突に、リリィの通話宝石から声が響く。カイルだ。なるほど、山の上にいるから金縛りの範囲外なのだ。
動かない視界の端に、カイルらしき人影が駆け降りてくるのが見える。伝えなければ、こちらに来てはいけないと。
轟音、そして飛沫のように飛んでくる土塊。焦りに焦っていた俺は、何が起こったのか一瞬理解できなかった。
腹に大穴を空けた黒い人影。機能を回復した身体。大きく抉れた地面。カイルはあそこから狙撃したのだ。降りてきたのは狙撃に最適な場所まで移動するためだったか。
既に腹の修復を始めている人影に近づき、心臓のある部分を思い切り掴む。首はないから、こちらで仕返しだ。
『■■■■■■■!!』
耳をつんざくような悲鳴。どうやらこれが一番効果のあるやりかたらしい。
左胸が空になったそれを、俺は何度も何度も殴りつける。今度こそ、完全に消滅させるために。泥人形を握り潰しているような、妙な感覚だった。
「終わりだ」
最後に残った、もうどの部位かすら分からなくなった黒い欠片を殴り飛ばす。殴ると言っても拳に当たった部分から消えていくからあまり感触はないのだけれど。
「お手柄だ、レイくん。この敵、俺達じゃ倒せなかったかもしれないよ」
アーツに褒められても、俺は何かもやもやしたもののせいで素直に喜ぶことが出来なかった。
戦った俺にしかわからないのだろうか。それとも知っていながらみんな黙っているだけなのか。この不安はどこから来るのか。
こみ上げてくる不安を、拳に手応えがあまりなかったせいと片付けて山頂を睨む。そう、まだ聖地解体という仕事が残っているのだから。
教皇の寿命まで─────あと237時間
次回、237:聖地解体 お楽しみに!




