21:レモネード
革命は終わった。死にかけながら戦った俺のことなど誰も知らずに、緊張と騒乱は日常の喧騒の中に忘れ去られていった。
が、何も変わらなかったわけではない。俺とファルス皇国の斥候で荒らし尽くした憲兵団西区本部は破壊の痕がひどい。それから南部各州の税率も申し訳程度に下げられたのだとか。そして……。
「首謀者クラスは投獄、参加者は除隊。まあ妥当だとは思うけど、ね」
物言いたげにアーツがテーブルに新聞を投げ出す。革命派の軍隊の処遇に対して彼が何を言いたいのかはわからないが、不満があるのは確からしい。まあ、外部の思惑が関わっている以上難しいのだろうが、確かに俺から見ても雑な処分な気もする。
そんな戦後処理のせいで、王室もかなり忙しいらしい。そんなおかげで逆に俺たちは暇だ。王家側もこちらに回す仕事を決めることすらできない状況なのだろう。
「さて、あたしは何日か出かけるからね。留守は頼んだよ」
「料理は任せて。みんなも、試食よろしく」
キャスの出張に合わせて、料理当番もリリィに交代らしい。なんでもキャスのように料理ができるようになりたいとかで、隙を見てはいろいろ作っているらしい。
年齢もあることだし腕のほうはまだまだ発展途上のようだが、彼女の食べ物に対する熱意を思えばすぐに上達するだろう。
「んじゃ、俺も」
考えることもないし、新聞を読むのもどうにも疲れる。なにより部屋に閉じこもっているというのも性に合わない。少し俺も出かけるとしよう。
「レイ、どこいくの?」
「闇市だ。掘り出し物とか、いろいろ売ってるかもしれないしな」
闇市という響きが妙に気に入ったのか、リリィもついてきてしまった。こんな幼い子どもが足を踏み入れる場所ではない、とはいえもう彼女は足を踏み入れるべきではない場所にいるのだ。もはや変わらないか。
国の認可を受けず、ひっそりと商売をするブラックマーケット。質も値段もまちまち、騙された方が負けの厳しい場所。ではあるが、その分掘り出し物もあったりする。
昔は騙されて大損したり、安かろう悪かろうの飯を買って苦しんだりしたこともあった。今のところ嫌な思い出が多いが、最近はそうでもなくなってきた。その理由の一つがこいつ。
「よ、旦那。貴族の子でも誘拐してきたンかい?」
「誘拐犯が人質わざわざ晒すかよ。そんなことより、いい武器か何かあれば見せてくれよ」
落ち着いた茶髪に青い瞳、名をサクセという魔道具のバイヤーだ。最初こそ俺を騙そうとしていたが、嘘を見抜いてからは手のひらを返したようにいいものを紹介してくれるようになった。そういう商売の仕方なのだろう。
「ま、今のイチオシはこれだな。東国で発掘されたアダマンタイト製の狙撃銃弾、4発セットで1000万」
1発250万と考えるととてもじゃないが買う気にならない。が、材質が材質だ。アーツの鎖にも使われている特殊金属、アダマンタイト。この世の金属の中でもトップクラスに希少なのは間違いない。
なにしろ、その性質が俺向きだ。別名「魔断鉄」とも呼ばれるアダマンタイトは、魔力を弾く。魔術に対する強力な対抗策なのだ。
「……買おう。言い値で買うのは久しぶりだな」
金を払い銃弾を受け取る。普通の金属の数倍の重さとは聞いていたが、確かに。こうして持つのは初めてだが、大きさと重さが不釣り合いで変な感じだ。
俺とリリィの顔を交互に眺めると、サクセは少し考えるようにしてから鞄を漁る。
「じゃ、お礼にこれやるよ。俺の店じゃ扱わないからな」
そう言って投げつけてきたのは銀色のネックレス。意匠も造りもシンプルだが、ところどころ宝石も嵌まっていてなかなか高価そうだ。確かに魔導具屋で扱うものではないか。
特に厄介な魔術や仕掛けがあるわけでもなさそうだし、ありがたくもらっておこう。といっても、リリィが。俺はとてもつけるガラではない。
サクセに礼を言ってさらに進む。今日はとっくに予算オーバーだし帰ってもよかったのだが、せっかく来たのだからもう少しリリィに闇市を見せてやるのもいいだろう。
想像以上の掘り出し物に完全にやる気を失った俺を尻目に、リリィは食器に興味があるようだ。そういえば食欲の権化のような娘だった。先に食べ物は買うなと注意しておいてよかった。
複数見て回る中でもリリィが足を止めたのは、焼き物を扱う店。俺は扱いがあまり丁寧ではないから買わないが、確かに普段使っている木の皿よりも綺麗だ。
リリィが気になったのは一番端にちょこんと置かれている食器セット。明らかに質が良さそうなのに、真正面に置いていないあたり、少し怪しいな。
「これ、どうかな」
真っ白で、縁に金の細かい模様が入った綺麗な食器だ。確かに質が良さそうには見えるが……。
「お嬢ちゃん、お目が高いね! こりゃ王室御用達のステラ・ロイヤルだよ。特別に5万で譲ってやるぜ」
これ見よがしに店主は底面の刻印を見せつけてくる。リリィは買いたがっているようだが、俺の中に浮上した違和感はより強く主張してくる。
かなり伝統ある大貴族の見栄張りのように使われるブランドの皿だ、それをこの価格設定で売るなんておかしい。これなら貴族に直接転売した方がいいくらいだ。
「ずいぶん太っ腹だな、他ならこの倍、いや三倍でもみんな喜んで買うだろ」
「あんちゃんは知らんだろうが、俺は貴族から直接不用品を貰ってんのよ。これ以上は企業秘密だけどな!」
言いくるめたつもりか。確かにそういう商売をしている奴はごまんといるが、ここはそれとも違う。確かに良いものを揃えているように見えるが、統一感がない。少し節操がなさすぎだ。
「俺が出せるのは5000だな」
皿を持ち上げて告げる。リリィも若干引き気味に俺を見てくるが、これでいい。
「お、おいおい、そりゃねェだろ。ステラが5万だぜ、あんま欲張っちゃいけないな」
「偽物に5万は高いだろ。こいつが気に入ってるから買おうと思ったが、突っぱねるなら……」
じろりと店主の顔を見ると、店主はばつが悪そうに頭を掻く。皿を触ってわかった。デザインこそ上手く寄せているが、本物はもっと薄いはずだ。明らかな偽物だからこそ、真正面には置かなかったのだろう。
突っぱねるなら、このことを言いふらす。そんな脅しが通じたのか、5000ウォルで手にいれることができた。リリィはブランドどうこうではなく直感で気に入ったのだ、買ってやることにしよう。
「だまされるところだった。ありがとう」
「ま、慣れるまでは一人でここには来ないことだな」
大事そうに食器セットの入った袋を抱えるリリィを伴って、来た道を戻る。途中疲れた様子を見せるリリィを休ませるため、カフェに入る。
「私はココア。レイは?」
「あー、そしたらレモン果汁とかあるか?」
普段の癖だ。ここ最近の忙しさに身体も心も少し疲労気味だったのだ。強烈な酸味を身体に入れれば、それも一時的に忘れられる。
……が、恐ろしい顔をしたリリィが俺の袖を引く。
「それは酸っぱすぎ、レモネードにしよ」
あまねく食べ物は美味しく食べるべき、ということか。目的が違うとも言いたかったが、子ども相手にムキになっても仕方がない。レモネードも飲んだことがなかったし、改めてそれを頼んで席に着く。
濁りのない宝石のような瓶と、薄く切られたレモン。確かに俺が普段飲んでいるものとはだいぶ違う。こちらの方が酸っぱくて、甘くて、そして洗練されている。人が美味しく、楽しく飲むために見た目も味も考えられているのだ。
確かに、リリィの言うことも一理あるのかもしれない。こんなふうに飲めるものを、ただ身体の感覚を誤魔化すために打ち棄てるように飲んでしまうのは勿体無い。
ふと顔を上げると、窓の外の空はレモネードのようにうっすらと輝いて、沈みかけた温かい陽光を届けてくれていた。
この回は令和になってはじめての投稿であり、序章の終わりでもあります。特に狙ったわけではないですが、少し洒落た雰囲気がする、というのはわたしの考えすぎでしょうか。
まだ序章が終わったところではありますが、ここまでの感想などいただけたら嬉しいです!
次章からもお楽しみください!
次話より第一章、《虚像神聖高楼》編がはじまります。
殺し屋として生きてきたレイ。彼がさらなる死線を潜り抜ける中で、喪われる命と守られる命。
その価値は、どこに宿るのか。
次回、22:南の空 お楽しみに!




