219:本領発揮
「殺す気かよ」
グラシールが何者か、ヴィアージュは本当に知っているのであろうか。水の神直属の配下、水神十柱の一人だ。つまり神に次ぐ実力を持つ魔法使いなのだ。
かたや最強クラスの魔法使い、かたや魔力を喰えるだけの元殺し屋。勝負になるはずがない。
あの時だってリーンが大量に剣を生成して支援してくれたからこそなんとか打ち倒すことができたのだ。俺単身では手の出しようがない。
「安心しろ、殺しはしない。しかし、気を抜けばただ痛いでは済まないから気をつけろ」
グラシールはもう完全にやる気らしい。触れるだけでも震えてしまいそうな冷たい魔力を大量に放出して、魔法の行使に備えている。
仕方ない。グラシールの言う通りまともに戦わなければちょっと痛いやちょっとした怪我では済まなくなる。俺も刀を抜いて構える。
「■■■■■■■■■■■ッ!」
間一髪だった。もう少し遅かったらここで終わっていた。さっきまで俺がいたところが、必要以上に大きな氷山に変化したのだ。
今の一瞬でグラシールが生成したのだ。これに巻き込まれていれば氷漬けになって動けなくなっていただろう。
すぐ左の巨大氷山を見上げてため息をつく。見て分かってしまったのだ、彼はこれでもまだ手を抜いているのだと。
「よく避けたな。次からはこうはいかないから覚悟しておけ」
やっと好きに魔法が使えるようになったからか、心なしかいつもより機嫌がよさそうだ。魔法で頂点に近いところまで上り詰めただけある。やはり魔法を使うのが好きなのだ。
ただ立ち止まっているだけではいずれ狩られてしまう。俺もある程度攻めなければ。
凍りかけた地面を踏み砕いて駆け出す。さすがに大規模な魔法行使は危険だと思ったのか、反動と隙の少ない小規模な魔法を連発してくる。
氷魔法、というかどんな魔術でも基本的に近距離戦には弱い。基本的に魔術は腕の先から放つから、リーチは長いが逆に手のひらから手前は無防備だ。
それゆえに懐に入ってしまえば魔術の影響を受けずに攻撃ができる。まあ近づくことそのものが至難の業だから結局はどちらが有利なのかという話になってしまうが、それしか攻め手がない俺にとっては有用な隙だ。
それにしてもおかしい。さっきから攻撃が単調なのだ。俺が避けきれる鈍な攻撃しかしてこない。
「■■■■■、■■■■■■■■」
何を言っているのか、意味は分からないが音の違いくらいは分かる。俺に飛ばしてくる小規模な攻撃とは別の詠唱を、途切れ途切れに続けている。
おそらく、牽制と並行して本命の魔法を詠唱しているのだろう。どんな大魔法が襲ってくるのか。
ただでさえ、俺は氷魔法が苦手なのだ。氷魔法・氷魔術は、基本的に氷を生成してそれを押し出すという方法で発動される。一度氷を生成してしまえば俺の能力では干渉できないから、発動前に魔力の場を乱しでもしない限り攻撃を防ぐことができないのだ。
はっきり言って俺とグラシールの相性は最悪。懐に入り込めるか否かの圧倒的不利な勝負だ。ペース的にも大魔法発動までには間に合わなそうだし、一撃大きいのを貰うのは想定しておくべきだろう。
そして、その時はそう時間が経つ前に訪れた。
「■■■■■■■■、■■■ッ!」
次回、220:聖遺物の原典 お楽しみに!




