20:リベレーター
ハイネを撃ち抜いた拳銃を床に落とすと、両手を挙げる。攻撃がないことを確認しつつおそるおそる振り返ると、そこにいたのは冷ややかに俺を見つめる男だった。この落ち着き払った態度からして、参謀はこちらか。
ハイネも少しずつ起き上がりつつある。が、逆にこいつらも長居はできないだろう。一人一人の練度はともかく、数の力も侮れない。となれば、そろそろ限界の近い俺も離脱したいところだ。
「悪いが、帰らせてくれないか?」
「世迷言を。帰すわけなど────」
そちらがそのつもりなら仕方がない。強行突破させてもらおう。
脚で刀を蹴り上げ男に叩きつけると、素早くそれと拳銃を回収して窓へと走る。刀を持っている時点で、接近したら危ないという判断をすべきだった。挟み撃ちの形になって油断したか。
ポケットにあった爆破魔術が付与された宝石を置き土産として残していくと、窓から外へ飛び出す。いい具合に爆風が俺の背中を押して、隣の建物の屋根へと容易に飛び移ることができた。あとは西区解放の宣言を王都全域に打ち鳴らすだけだ。
だけ、とは言ったものの。王都の制圧を進めるために巡回している憲兵は残っている。早めに誰かと合流して報告をしたいところだが、あまり派手にも動けない。
路地を駆け抜けて一旦王都の外縁部に抜けよう。あのあたりは貧民街とその延長だ。わざわざ武力で制圧せずとも抵抗の気力のない人間か、手も出していないのに牙を剥くような気の立った奴しかいない、つまり……。
「自分のテリトリーに、一度逃げてしまおうということかな」
少し前に聞いた、明るい調子なのに光を感じない声。俺が普段聞いているのと、似ているようで少し違う声。殺気も気配もなかった。もうここまで追いついていたのか、経過した時間を考えれば、まあ妥当ではある。
「俺が一人のうちに殺しにきたか?」
先ほど俺が出し抜かれたのはベルフォードとの合わせ技だった、とはいえ彼も俺への有効打を隠している可能性だってある。むしろここに姿を晒した以上、勝てる自信があると思った方がいいだろう。
「嫌だなぁ、君は殺しにくいから厄介なんだよ。ちょっとお喋りしたいだけさ」
嘘、には思えない。身体のどこにも力は入っておらず、魔力も自然に身体から漏れる分しか出ていないように見える。つまりはソファかなにかでリラックスしているのとほとんど変わらない状態。
と、俺を油断させようという策略かもしれない。抜刀し、警戒は途切れさせない。その条件を嫌そうながらも呑むと、ハーツはひと息ついて話し始めた。
「憲兵団司令部でなにがあったんだい?」
「ファルスの斥候がいたが、撃退し撤退した。これで革命派の頭は総崩れだ」
本当にこんなことが聞きたいのか。疲れきった精神と身体には気を張り続けるのもなかなか堪える。そんなときだからこそ、この状況すらが罠なのではないか、そんな嫌な考えが止まらなくなる。
「それさ、僕らがやったことにさせてよ。僕らの手柄と名義で、事態の解決を宣言したい」
これが目的……なのだろうか。そんなに権力欲や出世欲が強いようには思えないが。彼の要求に従うのも癪だが、結局俺がアーツに報告したところで、結局は王家や親衛隊を経由するのは変わらない。ならば、変わらないか
「構わねぇよ。どうせないはずの組織だし、な。感謝しろよ」
にっこり笑うと、ハーツは通話宝石でなにやら連絡を取りはじめる。そのすぐあとに、革命派の首魁が撃破されたことを知らせ、そして残った革命派、憲兵に投降を促す放送が流れ始める。風向きが一気に変わったように、王都に蔓延する不安の空気が去っていく。
「いやぁ、君がコレ、使えないおかげで助かったよ。僕も副団長くらい目指せるかな」
嫌味な男だ。通話宝石を軽く手で弄びながら、意地の悪い笑みを浮かべている。
「こうやって不便なところもあるけどさ、君の能力すごいよね。どうせ聞いてるんだろ、僕の最強の一手のこと」
自分以外の全ての時間を停止し、ただ一人動くことを許される最強の魔術。世界全てに作用する魔術だからこそ、俺の存在が、彼の最大の邪魔になっている。
が、そんなことは本題ではない。……はずだ。手柄を奪って嫌味を言うためだけにここに来たわけではない、そんな気がする。
「君の力さぁ、見覚えがあるんだよね」
「くだらねぇ前置きはいい、さっさと本題に入れよ」
さすがに少し不快になって、先を促す。彼の狂言のような語りにだらだら付き合っていられるほど俺も気は長くない。
「ごめんごめん。じゃあ単刀直入に聞こう、君は『リベレーター』なのかい?」
「何を急に……?」
彼の口から出た『リベレーター』、俺だって微塵も教養がないわけではないから知っている。神話やら、その中の戦いを描いた『アイラ・エルマ叙事詩』に登場する剣士だ。そいつと俺に、なんの関係が。
いや、ある。彼の持つ【破幻の剣】とかいう魔剣は魔法をも切り裂き消し去ると書いてあった。確かに、俺の力と似ている。まるで彼の焼き写しのように。
「……そんなお伽話と一緒にされても困っちまうな。そもそもいたかも判らねぇのに」
「それは違うな。『アイラ・エルマ叙事詩』に登場する聖遺物の大部分は後世で存在が確認されている。わざわざ一人二人、存在しない人物を混ぜる必要はない気がするけど」
そう言われると反論はできない。親衛隊の女、イッカが持っていた【神聖の光剣】も確かに登場していた。常識にはとても当てはまらない武具が存在している以上、『リベレーター』が存在していた可能性も否定はできない。
だが、それはそれ。俺は自分の生い立ちなんて知らないし、ましてや神話の時代を生きた剣士など関係しているはずもない。
「俺は孤児なんだ、生まれなんてわかりっこない。話はそれだけか?」
返事がない。肯定したということだろうか。背後からの不意打ちに気をつけながら、ハーツに背中を向けて立ち去る。そんな俺の背中に、じわりと生温い言葉が投げられる。
「物語の中で、かの剣士は眼前で庇護していた姫君を失う。彼によく似た君が、路すら似たものを辿らないことを期待しているよ」
顔は見なかった。見たくなかった。それでも、途轍もなく意地の悪い笑顔だと言うのは、背を向けたままでもわかった。『祈っている』、ではなく『期待している』か。
俺を知ってすぐに神話の登場人物が思いつくあたり、相当読み込んでいるのだろうか。俺も養父にどうにか叩き込まれたように貴族はもちろん平民の子でも知っている本ではあるが、だからといってその知識がすぐに出てくるものではない。彼らの生まれはある程度高貴なものなのかもしれないな。
王都の解放宣言を受け、大通りに人が増えてきた。外縁部に向かうのはやめ、大通りの人の中に紛れてどうにか落ち着く。ハーツにどこからか睨まれたままだと考え続けるのはなかなかきついものがある。
無理矢理飲み込んだ安堵が消えないうちに、早足で拠点に帰る。先に出たリリィはもちろん、カイルとキャスも帰っているらしい。
「おかえり、レイ」
リリィが小さく息を吐く。表情があまり変わらなかったから気付くのが遅れたが、ため息か。どうやら俺に大事がないことに安心してくれたみたいだ。つられるように、俺も大きく息をつく。
長いようで短かった革命は、こうして終わりを迎えるのであった。
実は今回が平成最後の投稿回です!
ひとつの時代を跨いだ作品ということに一応なるのでしょうか。次の時代にも楽しんでもらえる作品になれば嬉しいです。
ということで。
次回、21:レモネード お楽しみに!




