210:不穏◇
────これは、神の是非を問う旅路。
神が去り、虚構が去り、信仰が去った神の国。
何もかもが潰えても、それでも人は生きていた。
最後の聖女と原初の悪意が衝突するとき、聖都は光に包まれる。
注ぐ最後の光は、刹那か、永久か。
第5章 《神話顕現聖域》 開幕。
ガーブルグ帝国での戦いが終わり、俺達は各々疲れた身体を休ませていた。アーツは例外的に忙しく働いていたが。こんな時くらい休めばいいのにと思うが、俺達に回ってくるはずだった仕事をやってくれているのだからそうも言えない。
俺は武器一式の整備を済ませた後は、ヴィアージュに鍛えてもらいつついろいろな本を読んで過ごしていた。
しかし、俺の中にはある不安があった。それは火力の低さだ。いくら剣がうまくとも、いくら魔力を消せようとも、敵に攻撃できなければどうにもならない。
戦いはどんどん激化している。俺も、俺達も、このままではいけないと思うのだ。ただ魔力に対抗できるだけではいずれ負ける。
しかし、突然何かが上手くいくわけでもない。今はただ、腕を磨き続けるしかないだろう。
今日の分の鍛錬が終わり、水を浴びて汗を流すとソファーに腰掛ける。ヴィアージュの剣技は相変わらず素晴らしいものだった。
苛烈でありながら華麗、神速でありながら優雅。激しいものでありながら、舞姫の踊りのように美しいのだ。
もし彼女同士、もしくは彼女とそれに近い実力の剣士を戦わせたら、それは一種の芸術として完成する。それほどに、その剣技は美しいのだ。
俺の剣技も別に下手だとか酷いとか、そんなものではないのだ。純粋に剣術で争ったら俺に勝てる人間はそんなにいない。
しかし、彼女のような芸術の域には未だ届かない。これは練習したからと言ってどうにかなるものでもないから、とにかく実戦形式でヴィアージュと戦い続けるしかない。
これでも、かなりまともに戦えるようになった方なのだ。平均して10分くらいは戦えるようになってきた。始めた頃は2分もすれば地面に倒れていたのだから、ずいぶん進歩したと思う。
ソファーに身を沈めながら辺りを見回す。各々長い戦いが終わって自分のやりたいことをやっているようだ。
リリィもシーナとの文通が上手くいっていて嬉しそうだ。キャスはニクスロット王国に行った際にクレメンタインと仲良くなったらしく、通話宝石で何やら話している。
リリィが手紙を持ちながら袖を引っ張ってくる。なにか分からない文章でもあったのだろうか。かなり読み書きはできるようになったはずだが。
『最近こっちは南からの行商人さんが減っていて少し困っています。領主様のお話によれば、ファルス皇国に魔獣が増えているようです』
リリィが指したところには、そう書いてあった。ファルス皇国で魔獣が増えているのか。俺達との戦闘で国力を落とした彼らにとっては魔獣の増加も災害のようなものだろう。処理しきれなくて困っているのか。
しかし、魔獣が増えるなんて何が起きているのだろうか。魔獣の増加は災禍の予兆と言われていることもあり、不吉なこととされているのだ。
「何もなければ、いいんだけどな」
窓から見た南の空は、新たな波乱の予感の色をしていた。
次回、211:諜報 お楽しみに!




